だが、でもね、と吉井は逆転の接続語を繋いだ。

「でも、警察ができるのはそこまで。乱暴に言ってしまうなら、ただ見てるだけ、なんだ。日本国民が法の上で平等であるのは暴力団構成員であっても同じで、その生命活動を阻害する権利は警察にはない。暴行や恐喝、これに類する行為に及ばない限りにおいて、警察も行政も何の介入もできないわけ」

 但し書きこそあるものの、それはつまり、常識の範囲内で一般人と同等に普通の生活を送る分には何の支障もないということだ。
 構成員本人がそうであれば、その身内が支障を受けるとは考えられない。

「ただ、その一方で、民事はまた別でね。
 旅行先や娯楽施設なんかに多いんだけど、施設の利用案内に暴力団構成員お断り、って書いてあるの見たことない? あの辺は、身バレして訴訟なんか起こされるとだいぶ厳しいみたいだね。
 大倉でも以前、カラオケ屋に行っただけで示談金支払わされて出入り禁止になったケースがある。ただ歌ってたってだけで揉め事も起こしてないのにね。隣の個室にたまたまそいつが組員だって知ってたご近所さんがいて、クレームが付いたんだって」

 揉め事避けのために作っておいた予防線がむしろ揉め事をわざわざ生み出した特殊なケースではあるだろうが、暴対法という壁が出来たおかげで無駄に恐がることをしなくなった一般市民が正論を笠に着て攻撃してくることも今後あり得るリスクとして計上しておく必要があることを示す事例だ。

「民事だけにね、難癖つけてくる方にしてみれば犯罪者の家族は同じく犯罪者って理論は想定の範囲内だよ。そこが、野本さんと縁組する上で中西くんに付随することになるリスクだと思う」

「組員の身内を理由に契約を破棄されるとか、ですか?」

「無くはないだろうね。でも、多くもないよ。企業経営してるすべての企業が真っ白だなんて、大企業経営者になればなるほどそんな幻想抱かなくなる。 中西くんのリスクマネジメント能力次第ってところかな」

 大雑把にまとめてしまうなら、祐也と付き合いを始めた頃に固めた自身に降りかかる影響に立ち向かう覚悟とそうは変わらない。
 なるほど、と納得しながら、しょうが焼きのタレがしみたご飯を口に放り込んだ。

 レタスとエビをザクザクとフォークに刺しながら、先程までの真剣な表情を放り出してにんまりと吉井が笑う。

「そんな具体的に考えてるってことは、ゴールは間近なのかな?」

「縁組するなら実家に顔見せに行かなきゃですけどねぇ」

「おっと。そうだね、ご両親ご健在だもんね」

 むしろそちらの方こそ大問題かもしれない。
 吉井が同じ問題に悩むには現在の職業を辞めなければならないため、あえてまったく考えていなかったので、すっかり失念していた。

「ご両親にはどこまで話してるの?」

「今年の正月に帰省した時に全部話してあるんですよ。ガキの頃にちょっとヤンチャしてたせいで元々俺には期待されてないんで、あっそ、って感じでしたね」

「えー、意外。真面目な優等生かスポーツ少年くらいに思ってた」

「受験生するチョイ前くらいに足洗いましたけど、地元じゃ手の付けられないワルだとかって評判でしたねぇ。俺程度で手が付けられないって、うちの地元の大人ども弱腰過ぎっしょ」

 地元が田舎町でおっとりした気質の土地柄だったおかげなのだろうが、大学に入って地元民の荒々しい態度にカルチャーショックを受けたのも良い思い出だ。
 ちなみに、態度が荒々しいわけではなく口調が多少乱暴だっただけで、カルチャーショックを与えたその人物は普通に親切で気さくな農家のおっちゃんである。

 何だか自分の黒歴史を暴露しそうな展開に、豊は強引に話題を反らす策に出る。

「俺はともかく、吉井さんのところはご結婚は考えてないんですか?」

 豊の結婚相談だったはずが自分に話題がやって来て少し驚いた吉井だが、それから小さく肩を竦めた。

「大前提として、警察官辞めないと無理だねぇ。祖父も再就職でまだ公職に就いてるから、戸籍移動して身内に入っちゃうと迷惑かけちゃうし」

「嫁入り先の相手の職種まで身上評価の対象なんですか?」

「暗黙の了解内では範囲内だね。明文上は記載範囲外でグレーの領域」

 それは厄介だ。組員という肩書きがあるだけであって、吉井の旦那本人は清廉潔白なのに。

「俺が定年退職するか懲戒免職処分になったらその日を結婚記念日にするってことで話ついてるから良いんだよ、うちは」

「なるほど。それはそれは、ごちそうさまです」

「いえいえ、お粗末様です」

 結果、やり返すどころか惚気られてしまった結論に、豊は白旗を上げ。

 口に含んだ食後の珈琲は、そもそもがカフェテリアの店らしく丁寧に淹れられた薫り高い逸品だった。

「良い店ですね、ここ」

「赤坂でランチは最近必ずここなんだよ。六本木と渋谷と歌舞伎町にもオススメがあるから、機会があればまた紹介するね」

「是非お供させてください」

 恋人が同僚同士という遠くて近い関係だが、きっと長い付き合いだ。
 社交辞令とも本気のお誘いとも取れる誘い文句に二つ返事で頷けば、吉井はやっぱり穏やかに笑って返した。

「今日はこれから仕事に戻るの?」

「バリウムで苦しいだろうからって健診休暇もらったんですけど、バリウム検査なかったんでメッチャ元気なんですよ。折角来たんでサカッスでショッピングの予定です」

「それはラッキーだったね。楽しんでおいで」

 それぞれ別会計して店を出れば、時刻はまもなく14時になろうというところ。
 巡回に戻るという吉井は別方向だったため、店の前で別れることになり。

「次は旦那同伴で飲みましょう」

「そうだねぇ。楽しみにしてる」

 お互いにヒラヒラと手を振って。

 颯爽と立ち去っていく吉井の姿はさすが体育会系職で姿勢もよく、半ば見惚れて見送った豊は当初の予定通りショッピングモールへ向かうべく別の道に足を踏み出した。


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