案内されたのは、赤坂でも住宅街に少し入った路地裏にひっそりと店を構えたカフェだった。
 昼間はランチ定食を日替わりで提供している店なのだという。

 今日のランチは、銘柄豚のしょうが焼き定食、茄子のミートドリア、レタスとシーフードの冷製スープパスタの3種類が選択肢だった。
 日によってから揚げだったりハンバーグだったり焼魚だったりするらしい。

 豊はしょうが焼き、吉井はスープパスタを頼んで、出来上がりまで世間話に興じる。
 前回の初顔合わせでもそうだったが、吉井はコミュニケーション能力に長けていて話上手の聞き上手だから、会話に詰まることがない。

「吉井さんは今日はどうしてここに? 職場は霞ヶ関ですよね?」

「霞ヶ関ってより桜田門だけどね。職場には週一くらいしかいないんだよ。基本外回りなんだ」

 大型繁華街は幅広く人が集まるために組織犯罪も紛れ込みやすく、それらの取り締まりのために見回るのが吉井の仕事なのだそうだ。
 常に同じ人物が見回っていては警戒されるため、臨機応変に変動するルートを課員ローテーションで担当しており、偶然現在昼間の赤坂に割り当てられていたというわけだ。

「とにかく歩く仕事だからねぇ、足腰は鍛えられるよ」

 ふふっとおっとり笑う姿はまるでマル暴の刑事には見えない。

 恋人繋りがあるので大倉組内で一目置かれるのは豊も同じだが、吉井は首都圏のヤクザの間でも友好的な目で見られている存在なのだ。
 持ちつ持たれつってやつだよ、と吉井はあっさり笑って言うのだが、敵対関係のある組織のトップに認められるというのは簡単なことではない。

 そんな吉井も今現在は大きなトラブルもなく呑気に見回りと称した散歩の毎日を過ごしているそうで。

「昨日は六本木で野良猫と戯れちゃってねぇ。何軒か餌をもらいに店を回ってるみたいなんだよ」

「そんな街のど真ん中に野良猫いるんですか」

「うん。古くからやってるバーのマスターに聞いたらね。どこか別のところから来たっぽいらしいんだ。あの辺の自治会で募金集めて去勢と予防接種は済ませてるんだってさ」

 誰かが引き取って育てるかという案も出たが、商店街共有のペットにすればみんなで可愛がれるしネズミ駆除にもなるし一石二鳥、という結論に落ち着いたという。

「一石二鳥って……」

「まぁ、飲食店にはネズミとゴキブリは大損害だからねぇ。猫と蜘蛛には寛容になるよね」

 言われてみれば、以前住んでいた賃貸マンションにはゴキブリがまったく出ず、代わりに手の平大の大きな蜘蛛が一匹住んでいた。
 あれは助かった、と豊も振り返る。

「中西くんは長津田住まいだったっけ?」

「大分前に祐也のマンションに引っ越しました。高層階だから虫も出なくて快適なんですよねぇ」

「川崎の方の?」

「はい。青葉台のは今売りに出してますよ。古いマンションなんでさっぱり買い手が付かないんですけどね」

 買い手が出るまでは物置として有効活用中だ。
 住人がいないため固定資産税の無駄払いになっているのが悩みのタネではあるのだが。

「そういえば吉井さん、相談したいことがあったんです」

「ん? 俺に?」

 お待たせしました〜、と店員が注文した品を配膳していくのを見届けて、二人揃っていただきますと手を合わせる。
 それから、住まいの話から連想で思い出した疑問を議場に提供した。

「今返事を保留にしてるんですけど、ちょっと前に祐也から改めてプロポーズされまして」

 曰く、一生涯を共にして欲しい云々。
 事あるごとにされているのだが、そろそろ本気で考えてみないかと言われていた。
 白髪の爺いになったとしても隣にいるであろう姿を容易に想像できる程度にはそのつもりだった豊としては、もちろん本心では喜んで即答で受ける気満々なのだ。
 だが、どうしても祐也の職業がネックになる。

「彼と養子縁組して身内になった場合、警察側として何か俺に対する扱いが変わったりするんでしょうか」

 それによって、公的機関側の対応が豊の生活に不利になる方向に変わるのであれば、安易に戸籍を移動することもできない。
 会社員であり今後独立して小さくとも会社経営者となっていきたい将来設計がある豊にとって、足枷となるのは困るのだ。

 尋ねられた方としては、確かにその問題は自分が専門家だと納得した。
 無法者たちの動向を常に注視する立場である。冠婚葬祭などは警察組織も目が離せないイベントだった。

「正直に話すね」

 そう前置きして、吉井は真剣な面持ちで内情の説明を始めた。

「暴対法指定団体に一般人が構成員として正式に参画する場合、警察に名簿の追加を申請する義務がある。それは暴力団に限らない。理論的には就職と同じ考え方でね、ここに雇用関係が生まれましたよ、って行政にお知らせしてもらうわけ」

 ここまでは良い?と尋ねられて、味噌汁の椀に手を伸ばしながら豊が頷いて返す。
 一方の吉井も話をしながらパスタをフォークに巻き付けていた。

「その知らせを受けて、警察は新構成員の背後関係を調査する。血縁者に犯罪者がいないかとか、反対に有力者がいないかとかね。で、さらに、その5親等までの血縁者に戸籍移動や警察のデータベースアクセスがあれば即対応できるようにフラグが立つんだ」

「フラグ、ですか」

 今でこそ一般化した言葉だが、元はプログラム用語だ。
 オンオフを切り替えるスイッチの役目を果たす極小のデータで、この切り替えがバグの原因にもなったりと重要な役目を果たす。

 が、ここでいうフラグはプログラム上で使っているものとは違い、目印という意味だろうとあたりをつけてみる。

 パスタをモグモグゴックンしてから、そう、と吉井も頷いて返してくる。

「最近の例だと、とある指定団体幹部の息子が養子縁組で戸籍を抜けてね。何故か何の縁故もない機械製造業の創業者一族の長男になってる。まだ高校生だし、元々その家に長男いるしね、何の繋りがあるんだ、って担当者は調査で右往左往だよ。長男の同性婚なんじゃないかなぁって俺は思ってるけど。そんな感じで一族郎等隅々まで監視されてるのは確かだ」

 偶然ヤクザという職業に就いていた父親の元に産まれてしまったのは不可抗力だろうに、婿入り先まで見張られるというのも気の毒な話だ。

「養子に入った先の家が経営する企業の動向も今後は公安の注視対象になるよ。蛙の子は蛙で、朱を落とせば水も朱くなる、っていうのが、一般的に正常といわれる人間の考え方で、警察なんてその最たるものなんだ。巻き込まれた企業は良い迷惑だし、産まれた環境からどこまで行っても逃げられないその子どもも可哀想だなって思うよ、俺は」

 その血を分けた父親の職業が特殊だったというだけで、普通に産まれて普通に恋をして、幸運にも恋人の家族から理解を得られて幸せを掴んだだけの若者だ。監視される謂れなどないだろうに。


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