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 七瀬の普段の仕事は、そう多くは無い。本家の雑務を組長の代わりにこなす位が関の山だ。

 一方、貴文の方も、身分の割には仕事量は多くなかった。
 若いチンピラたちは自然といくつかのグループにわかれ、それぞれに縄張りの中で好き放題している。
 その各グループが衝突したり、目上の人に楯突いたり、他の組に属する奴らと喧嘩をしたり、といった問題ごとの仲裁役の立場だ。
 その代わり、彼らから上納金を集めて売り上げにしている。

 所詮定職を持たない彼らから集められる金額など微々たる物である。
 貴文は、それでは到底足りない分を、風俗店などを経営することで賄っていた。

 したがって、昼間は暇だったりする。

「で? 今日は連れて行ってくれるんだろう?」

 外出の支度をして家を出る七瀬について歩いて、貴文はにやりと口元を曲げてみせる。
 その親友の言葉に、七瀬は仕方がなさそうに肩をすくめた。

「そういう約束だからね。貴文には見せたくないモンもあるんだけどな。いつまでも俺が面倒見てやれないんだから仕方が無い」

 すてすてと歩いて出たのは、正面玄関ではなくその横のガレージだった。
 七瀬の唯一ともいえる趣味が車なのだ。
 本人拘りの改造がいたるところに施されたそれは、走行性能もさることながら、居住空間としても販売当初から拘り抜かれた一品である。

 大衆車に比べれば段違いの乗り心地な車の助手席に座り、貴文はハンドルを握る親友を見つめる。

「なぁ、七瀬。何でお前、族なんか持ってるんだ?」

 現在向かっている先は、七瀬個人が組に組み込まずに独自で保護している暴走族のたまり場になっている、バイク販売店だった。
 今後も大倉組の収入源にするつもりはなかった。
 ただ、直接接することが困難になってきた七瀬の代わりを頼むため、貴文を連れて行くことにしたのである。

 話を聞くまで、存在すら知らなかった貴文は、七瀬に友だち甲斐が無いと怒ったものだ。

「隠したい過去を預かってもらっててね。俺のアキレス腱」

「それ、俺に話しても良い話か?」

「吹聴しなければね」

「……しねぇよ」

「うん。だから、話すことにした」

 当然のように頷いて、七瀬は苦笑して見せた。かわりに、貴文の表情から笑みが消える。

 車は川崎大師の前を過ぎ、首都高速神奈川線に入っていた。目指す先は湘南地区のど真ん中、藤沢だ。

 ETCの入り口を時速四十キロで通り過ぎ、車の波に乗る。

「アキレス腱っていうのはね、俺の性癖のきっかけのことなんだ」

「ネコしかできない、ってことか?」

 聞き返されて、そう、と頷いた。

 それは、七瀬姫の名を知っているすべての男たちが知りたがっている、七瀬最大の謎のことだった。
 今まで貴文にも大聖寺にも父親にすら語らなかった。それを、今、話してくれるという。

 貴文は改めて息を呑んだ。

「あれは、中学一年生の時のことだよ」

 その口調は、昔々あるところに、と話し出した昔話を語る口調に似ていた。
 車が走っていく先を見つめ、七瀬がずっと胸にしまってきた秘密を語りだす。





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