「で、連れて帰ってきたわけか」

 事情を聞いて納得の表情で頷いたのは、大倉組組長の七瀬だった。
 留守にしていた6人の中で一番早く帰宅した人物になる。

 借金まみれの母親ではどうせ返しても他の街金業者に同じように捨てられるのだろうと想像するのも容易く、それならばこの家で育てた方が赤ん坊のためだろうというのは分かる。
 しかし、自分自身が貰われ子の雄太では独断できないのだ。

 それで、決断を委ねるために養い親に同情たっぷりに話して聞かせたところだった。

「で、雄太はどうしたい?」

「このままうちで育ててはダメでしょうか」

 実はこの大倉組、雄太を筆頭に同じような境遇の子どもを何人も育ててきた実績がある。
 親の事情によって、そのまま独り立ちするまで預かっていたり、親に養育費分も借財を上乗せして結局親元に返したりと様々だが、義務教育期間中までの子どもはこの家で悪い扱いをされる例はない。

 そのまま大倉組に残って手足として働いている子どもも雄太の他に2人いて、今でも雄太を兄貴と慕っていたりするのだ。

 そんな事情があるからこそ、この家で育てるという選択肢を選ぶ雄太だが、さすがに今までオムツの取れていない赤ん坊を預かったことはなかった。

 ふむ、と七瀬も考え込む様子を見せる。

「とりあえずこの子の身辺調査からだね。名前も分からない状態では引き取れないよ」

「はい。それは今調べさせてます。母親は分かってるんですよ。今川淑子、19歳。鶴見の小さなスナックで働いているホステスです。借金の原因はホスト遊びみたいですよ」

「父親は?」

「独身なのでなんとも。出入りしているホストクラブがうちの系列なので、そちらからも探りを入れるように頼んでます」

 雄太が出来る範囲で打てる手は打った。後は報告待ちだ。
 満足げに頷いた七瀬はそのままさらに指示を出す。

「明日園部連れて市役所に行って住民票の照会してきて。子どもの生年月日と名前くらい確認できれば良いから。後、子どもの世話は雄太に任せるね。ひとまず岸田の奥さんに手伝ってもらったら良い。あそこは子沢山だから頼りになるよ」

「謝礼も出してベビーシッターをお願いしましょうか」

「うん、それが良いね。子どもにかかる費用はうちの家計に乗せて良い。良くしてやって」

 手伝ってもらうにしても雄太も暇ではない身の上でおそらく任せっきりになるだろうから、最初から任せっきりにするつもりで話を付けておいた方が良いだろう、という判断だ。

 そんなことを話しているうちに出かけていたうちのもうひとりが帰宅した。
 挨拶のために顔を出したのだが、最初から何やら困惑気味の表情だ。

「雄太がガキを産んだって聞いたんですが」

 帰宅の挨拶すらすっ飛ばしてそう言うのは、雄太の恋人の仁で。
 雄太が答える前に七瀬は呆れた表情を全面に表して溜息を吐いた。

「おかえりなさい、仁。雄太は男の子でしょう?」

 それ以前にいつ妊娠していたのかという話だ。毎日抱き枕にしていた仁が分からないはずがない。

 もちろんそれは冗談だったようで、座布団に寝かされブランケットを掛けられた赤ん坊を見下ろしてふわりと微笑んでから、雄太の隣に腰を下ろし、報告を始める。

「その子どもの母親が見つかりましたよ」

「……それを何で仁が報告するのかな?」

「雄太に任された高橋に事情を聞きましてね。ダメ元でうちの傘下に探りを入れたら引っ掛かりました。母親の今彼が今村組傘下のホストクラブで働いてたんですよ。
 ハート金融に金借りてて返済に苦しんでいて赤ん坊がいる女なんていそうでそういないですからね。自宅に匿っていたそうで、聞いてみたら大当たりだったとか。二人とも事務所の方で確保しています」

 随分と都合の良い展開ではあるが、現在発生したばかりの懸案に進展があったとなれば他に行動の選択肢もないようで、七瀬と雄太が揃って立ち上がった。
 眠っていた赤ん坊は、雄太の腕に抱き上げられて少しぐずったものの、すぐにまた眠りについていた。



 事務所に着くと、滅多に顔を見せない組長の登場に組員たちは大慌てで花道を作った。

 普段から業務の手を止めてまでそんなに畏まらなくて良いよ、と暢気に言ってのける七瀬だが、通常業務時間外で夜勤以外はただ屯っているだけの事務所内では指摘もしないようだ。

 出迎えたのはいつの間にか帰ってきていたらしい若頭の貴文だ。

「奥の応接に丁重に保護してる。すぐ会うか?」

 可愛らしいぷくぷくの赤ん坊の頬を突っついて雄太に怒られながらそう言う貴文に、七瀬は少し肩をすくめた。
 大事な子どもを金貸しに預けるような無責任な母親には会って言いたいこともあるのだが、大勢で押し掛けては萎縮もするだろう。

「雄太に任せるよ。貴文は報告聞かせて」

 役職付きが出払っていたのはそれぞれに忙しかったのが重なったせいで、普段であれば事務所に若頭か補佐の誰かが詰めているようにふんわりしたルールがある。
 そのため、貴文にも赤ん坊の件より大事な報告内容があるのだ。
 本来であれば本家屋敷にて話を聞くのだが、事務所に向かっていると聞いて待っていたのだろう。

 任された雄太は仁をお供にして示された応接室に向かう。

 扉を開けてくれる仁に続いて室内に足を踏み入れると、途端に女の高い声が響いた。

「ユウタ!」

 仁と雄太が揃って立ち止まり顔を見合わせたのは言うまでもない。



「……という経緯で今の家に引き取ってもらえたボクは、雄太お兄ちゃんと区別するために家ではユウと呼ばれています」

 母親と面会した雄太のほぼ独断で大倉家に引き取られた赤ん坊は、当初の予定通りベビーシッターの手を借りながら雄太に大事に育てられた。

 金銭面でもそうだが、こんな可愛いばかりの赤ん坊のうちから子どもの養育を軽々と投げ捨てる母親には任せておけないという七瀬の判断もあり、雄太の時とは違って正式に養子として引き取ることになったのは雄太も驚いたものだ。

 それから10年。

 業務の都合上相変わらず引きこもりに近い雄太には時間的制約も少なく、授業参観にも苦もなく出席できる。
 この日の授業は国語で、自分の名前について書いた作文をそれぞれ読み上げるというものだったようだ。

 特殊な生い立ちを特殊なのだとしっかり教育していて、それでいて恥じることなく言い聞かせてきた成果なのか、周囲の親たちがざわめく中でも堂々とその作文を披露していた。

 それにしても、10歳にしては随分と大人びた作文だと思わずを得ないのは否めないのだが。育てられた環境のせいだろうか。

「いっそのこと、そのままユウと改名でもしたら良いんじゃないかなと思います。2年1組、大倉勇太」



 以上が、大倉組後継者問題解決の一部始終である。


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