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すでに日は暮れていて、ボクたちが図書館で探していたうちの一軒であるその家の一階の部屋は煌々と灯りが灯っていた。
家に誰かいるという事実と共に、リビングに人が留まる家庭であることが伺える。
つまり、団らんを持てる家庭ってことだ。
ウチくらい貧乏だと電気点けっぱなしなんてできないし、リビングに人が集まらない家庭なら二階の個室に電気が点いているのが普通だし。
「恵まれた家じゃねぇかよ」
貴文さんも初めて来たらしく、呆れた口調でそう言った。
そんな感想に、ボクたちは顔を見合せる。
「お金に不自由したことがない人でないと、人から巻き上げようなんて思いつかないですよ?」
「金のあるオヤジから余った金の一部をいただくって認識しかないから、罪悪感がないんだよね」
「これを奪ったらこの人は死ぬかもしれないって考えられる奴なら、カツアゲなんてバカな真似しないだろ」
やれやれ、と首を振って結論を出したシュウにボクとユキも頷く。
冗談でなく、以前のボクなら一円でも有り金奪われたら死ぬしかない生活をしていたし、そんなボクの状況を知っていて小学生の立場ができる範囲で手を貸してくれていた二人には、当事者のボクと同じくらいに実感が伴っているんだ。
三人がかりで貴文さんのぼやきに答えたら、感心よりむしろ呆れられてしまったようで。
「お前ら、少し大人びすぎじゃねぇか?」
悪いこととは言わねぇけどよ、と独り言が続いて、ボクたちはやっぱり顔を見合せ苦笑した。
しばらくすると家から中学生くらいの男が出てきた。
大人の女性の声で小言らしい厳しい口調が追いかけてきて、玄関が遮るように閉じられる。
それはもちろん、昨日川崎駅前でボクたちのお小遣いを奪っていった一人で、リーダー格らしい人だった。
「確認したな」
「嘘じゃなかったんですね、住所」
「ジャリ脅すのに保身考えるほど頭良かねぇってことだ」
「頭良かったら小学生から微々たる小遣い巻き上げようなんてそもそも考えつきませんよ」
「違ぇねぇ」
歯に絹着せないユキの暴言に、貴文さんは楽しそうに笑って頷いた。
「さて、用事は済んだ。帰るぞ」
「これだけのために連れてきてくださったんですか?」
「証文の裏取りも立派な仕事だ。
他の奴らの分はうちの若いのにさせておく。こっちの用事のついでだからな、遠慮するなよ」
この家を確認するのも仕事の一つだったのだろう。貴文さんの立場でするべき役割ではないけれど、完全な無駄足でもない。
帰りの車内で、シュウが貴文さんに不思議そうに声をかけた。
貴文さんの立場を知らないシュウにユキがさっき教えていたから、だからこその疑問だろう。
何故今さらかといえば、ヤクザの若頭の威圧感ある雰囲気に緊張していたのがようやく慣れてきたからで。
「どうして協力してくださるんですか?」
「将来有望な後輩の面倒をみるのは先輩の役目だからさ。やってることが俺たちの仕事に被ってるってのもあるな。
何事も、先輩の背中を見て経験してみないことには次のステップに進めないだろ?
こっちも先行投資のつもりでいる。今は学ぶ機会を目一杯活用しておけ。
自分たちが成長する糧を与えられたことに恩義を感じられるようになったら、役に立って恩返しすれば良い」
正直なところ、その言葉の真意とか裏側とか、そういうところが安易に察せられる言葉ではないのだろう、くらいしかボクには理解できなかった。
言葉通りの意味すら、八割は分かった、なんて自信持って言えなかった。
シュウはそういう貴文さんをじっと見つめて、神妙に頷いていたのだけど。
結局、この金貸しの一件は一月後に呆気なく解決した。
いつもの要領で川崎駅前で恐喝した相手が、なんとデート中の七瀬さんと晃歳さんだったんだ。
確かに七瀬さんは見た目も弱そうだし実際喧嘩なんてできる人ではない。
晃歳さんも見た目は穏やかそうだし。やると強いらしいけど。
でも、この川崎でこの二人に因縁つけようとは、ものを知らないにも程があるだろうに。
奪われたお小遣いは利子分に迷惑料もつけて倍になって戻ってきた。
親同伴で謝りに来たのは、相手がヤクザの親分の養い子でビビったせいだろう。
うちはその養い親まで被害者だったのだから、なおさらだ。
彼らには生きた心地がしなかっただろうと思うけど、自業自得だよね。
落とし前とかなんとかで家族全員身ぐるみ剥がれて家も取られて、でも制裁処置はそこまでだった。
後で教えてもらった話では、面倒だから後腐れは残さない、っていうことだったそうだ。
解決はしたけれど、はじめての金貸し体験は中途半端に終わってしまって、ユキもシュウも面白くなさそうだった。
こればっかりは偶然だから仕方ないんだけど。
「次は逃がさないもんねっ」
「逃げたわけじゃないと思う……」
「まずは金づる見つけねぇとなぁ」
二人とも悪巧み顔。まぁ、くっついてると楽しいし、経験することが多いのは良いことだし。
「無茶はダメだよ?」
「ユタがいるのに無茶はしねぇよ。なぁ、シュウ」
「そうそう。公算あることしかしねぇよ。安心してくっついとけ。自由にしてられるのはガキのうちだけだからな」
「だから、ガキのうちにおもいっきり冒険しとくんだよ。なっ」
ボクのことは二人にとっては庇護の対象らしい。
打ち合わせもなく口を合わせてくれるけど、庇護対象ってことはそこに線引きが発生するわけで少し寂しくも感じる。
その寂しさはユキがあっさり吹き飛ばしてくれた。
「ユタは無茶しがちな俺たちの良心だからな」
「ずっと近くにいてくれよ。ユタは俺たちが守るんだ」
「良心がいてくれなくちゃ、自分の本能に乗っ取られちまう。
生まれが悪いからな、俺は自分の良心なんか信じちゃいないんだ。良い子でいられるのはユタのおかげなんだぞ」
「……ボク?」
「そうだ。俺もユキも、ユタの癒し系なところに守られてる。
だから、守りたいんだ。ユタは俺たちのそばで安心して笑っていてくれなくちゃ」
守られるほど弱さのある二人じゃないと思っていたけれど。
そうなの?と首を傾げるしかできないボクに、ユキもシュウも何でか自信満々に頷いていた。
そんな二人の言葉の真意を本当の意味で知ったのは高校生になったばかりの頃で。
この時のボクはただ、一人ででも十分立派にやっていけるこの二人に必要とされていることが単純に嬉しくて、笑って頷いただけだった。
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