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家族なんだから遠慮することはない、子供は遊ぶことが仕事なんだから、って七瀬さんにはむしろ叱られて、お小遣いまでもらってしまった。
月三千円で好きなようにやりくりしなさいって。
月一万円もあれば少し余裕な生活ができる、とか言うくらいにやりくりしていたボクからすれば、衣食住の必要経費以外で自分のために使えるお金があるってすごい贅沢。
本来、子供のうちにもらうお小遣いっていうのは、金銭感覚を養うっていう実践教育の一つなんだそうだ。
小遣いどころかリアルで一ヶ月一万円生活をしてきたボクにその意味は今さらで、このお小遣いは単純に都会で遊ぶための資金だ。
火曜日の放課後は川崎の駅前に出ることになった。
地元駅でもゲーセンはあるんだけど、せっかくボクもいるんだからそれじゃつまらないって。
それがこの二人に因縁をつけてくる中高生の不良たちに絡まれるのを避けるためだって知ったのは後のこと。
でも、その用心は結局無駄に終わった。
見栄もあって子供に安物を着せられない家庭環境だから、ボクとユキはそれなりに仕立ての良い服を着ている。
その格好でゲーセンで遊んでるんだから、カツアゲにはうってつけのカモだったんだ。
「なぁなぁ、ボクたち? わりぃんだけど、お兄ちゃんたちに金貸してくんねぇかな?」
ひねりの欠片もない決まり文句でそう言われては、いくら世間知らずのボクでも引っかからない。
ましてや世間ずれしたこの二人ならなおさら。
「いくら欲しいの?」
「いつ返してくれるの?」
「トイチで良いかなぁ?」
「あ、借用書書いてね」
「お兄ちゃんたちの住所と名前も教えてね」
「嘘つくと後が大変だよぉ?」
二人がかりでかわるがわる言われる言葉に、ボクはその「大変」の意味を知ってるから余計恐くて二人の後ろに隠れていた。
恐いのはボク自身じゃなくて中学生らしい彼らの末路だ。
ユキの家はヤミ金業者で稼いでいる組だから、取り立てはプロだもの。
まぁ、小学生がそんな脅しかたをしても本気に取られないものだろうけれど。
案の定、中学生たちは鼻で笑うだけだった。
ユキがその場でノートの切れ端に書いた借用書に、住所氏名電話番号を直筆させて、さっきシュウがUFOキャッチャーでゲットしたスタンプのインクで拇印を押させて、中学生全員分。
きっとお遊びのつもりなんだろうね。すごいネタなのに、無防備極まりない。
結果、ボクたちの所持金をありったけ奪って彼らはホクホク顔であっさり別れた。
三人合わせて一万円を越えてたんだから、小学生相手では十分な収穫だったんだろう。
「さぁて、いつ頃返ってくるかな?」
「一ヶ月は寝かす?」
「父さんに相談してみるよ。この個人情報が正しいかは今のうちにチェックしなくちゃね」
カツアゲにあった被害者のはずなのに、二人とも楽しそうだ。むしろあの人たちがちょっと可哀想かな。
まぁ、自業自得でしょ。
「……ていうわけなんです」
放課後に友達と遊びに行くなんて初めてだって話をしていたから心配していた七瀬さんに、聞かれるままに今日の出来事を話した。
そうしたら、一緒に聞いていた晃歳さんと仁さんも一緒になって三人で大笑いされた。
「そりゃあ、取り立てが楽しみだな」
「そんな友達がいたのか。雄太が妙に度胸が良いのはその子たちの影響だったんだな」
「せっかくの機会だからね、きっちり取り立てるまで付き合いなさいね。良い社会勉強になるよ」
面白がる仁さんと感心した晃歳さんとすでに保護者の顔の七瀬さんと。
三者三様だけど、みんな楽しそうだ。
「しかし、そうか。中居の次男坊は将来有望だな」
「雄太の小遣いのためにも、きっちり取り立てるように口添えしておこう」
この人たちにとっては、たかが一人頭数千円のことだけど。それでも金は金ということなんだろう。
一円を笑う者は一円に泣くんだよ。
「でも、それじゃあ、雄太の今月の小遣いはおしまい?」
「うぅん。部屋に千円残して置きましたから大丈夫です」
「さすが苦労人。危機管理もしっかりだね」
それはまぁ、ボクの場合は貧乏性の方が合ってると思うけど。
「利子が楽しみだね?」
「はい」
ボクの顔を覗きこんでニヤリと笑う、さすがヤクザの親分という七瀬さんの人の悪い表情に、ボクも事情をちゃんとわかっているわざとらしい無邪気さで笑って頷いたのだった。
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