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 1時間で4枚の書類を訳して、俺がほっと一息ついた時だった。

 いつの間にか俺はこの部屋に一人で残されていたらしい。
 一応警察官――あえて付け加えるが、しかもマル暴――だというのに無防備この上ない。

 信用されているのは嬉しいけどな。

 で、凝り固まった身体を伸ばしたところで部屋のドアが開いた。
 入って来たのは恋人貴文と大倉組金庫番の雄太くん。

「お? 終わったのか? 早いな」

「丸写しだからそんなにかかんねぇよ。夕飯、雄太くんも一緒なのか?」

「あぁ。今日は中華になったぞ。人数多い方がいろいろ食えて良いだろ?」

 てことは、この翻訳結果も持って行くんだろうと判断して、4ファイルまとめてプリンターに出した。

「お邪魔してすみません」

 少し恐縮した様子で謝る雄太くんには気にするなと首を振って返し。

「6人?」

「いや、こっちは大谷入れて5人だ。行き帰りは七瀬と副長も一緒だけどな」

 へぇ。だったら、食事中はプライベートでも行き帰りは護衛ってことか。

 どっちかというと、幹部揃ってばらばらに動くよりまとめて動いた方が護衛に割く人員が少なく出来るってメリットをとったのだろうと思われる。

 しかしあれだ。今更ながら、俺の立場は不思議なことこの上ない。
 きっと神奈川県警の内偵がここにも入っているのだろうけど、そんなヤツより俺の方が組の内情に詳しいだろうよ。

 これだけ堂々と若頭の恋人で警察官だって立場を組員にバラしているのに、警察内部で俺を咎めようとも利用しようともしないのは随分間抜けな話だよな。

 自分の立場を職場に隠している俺自身も、なかなか強かになったもんだ。

 しみじみ思っているうちに戸を開けて入って来たのはこの組の御大将だった。
 子供の頃の不遇から小柄な体格の雄太くんと大差ない優男で、とても組長には見えない美人さんだ。

 これで広域指定関東双勇会で無役ながら有力者の一翼を担っている実力者なんだ。とてもそんな風には見えないけど。

「こんばんは、吉井さん。お仕事手伝ってくださったんですって? ありがとうございます」

 ホント、こんなに腰の低い組長って不思議だ。
 初見からこの組で一番の不思議な人。副長の方がまだそれっぽいと思うんだよな。
 まぁ、あの人も昔は組長張ってた人だけどな。

「それにしても意外です。ヤクザの仕事なんて手伝ってくださるとは思わなかった」

「そりゃ、ここはヤクザの組事務所ですけどね。
 手伝った内容自体は違法でも何でもないし、忌避する理由もないでしょ。
 貴文の役に立ったならそれが何よりです」

「警察官のわりに変わってるよね。さすが貴文の恋人やれる人」

 それは誉められたのか貶されたのか。
 どっちにしろ変わってるって言われて喜ぶほど変人ではないつもりだけど。

「今夜は大老抜きなんだろう? 通訳大丈夫か?」

 俺の旗色が悪いと見たらしく、貴文が話題を変えてくれた。
 少しわざとらしい感じではあったけど、七瀬さんもわかっていて乗ってくれる。

 返答自体は微妙だったけど。

「晃歳が頼みの綱だよ。向こうも一応通訳できる人いるから大丈夫じゃない?」

「副長ってこないだ、ヒアリングはできるけど、って困ってなかったか?」

 困っているほどではないけど懸念事項って感じの内容だ。
 俺は逆に読み書きより会話の方が得意だから、だったら俺が、って名乗り出たいところだけど、さすがに立場がなぁ。

「大丈夫だって。俺も黄さんも、片言だけど一応意思の疎通くらいはできる。貴文は吉井さんとゆっくりしててよ」

「まぁ、中国語じゃ俺は役立たずだけどな」

「その代わり英語とポルトガル語はできるだろ? 南米系の時は頼りにしてる」

「読み書きできるほどじゃないけどな」

 クスクス笑いながら七瀬さんがからかったその言葉に俺は驚いた。
 貴文、ポルトガル語できるんだね。内緒話のネタ発見。
 仕事で仕方なく覚えた言葉だけど、プライベートでも意外に役に立つもんだ。

 しかし、そうか。敵対組織ってことは同じ世界ってことだもんな。能力もかぶって当然か。

「ポルトガル語ってことはブラジル相手用?」

「神奈川はブラジル系多いんだよ」

 まぁそれは日本全国どこでも一緒だけどな。

 そんな話をしている間に戸山さんもやって来て、真っ先に雄太くんと戯れはじめた。
 戸山さんはホント、雄太くんにベタ惚れだなぁ。

 ていうか、もしかしてここが集合場所なのか?
 今ごろ気づいたけど。

「晃歳は現地集合だってさ。そろそろ行こうか。みんなお腹空いたでしょ」

 携帯をスーツの胸ポケットにしまいながら七瀬さんがそう促して、座っていた俺と雄太くんが立ち上がる。
 部屋を出ながら言う七瀬さんの言葉は、やっぱり組長らしくない腰の低さだ。

『大谷さぁん、行けるぅ?』

 クックッと一人で笑っている俺に、隣に立った恋人は怪訝そうな顔をしていた。





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