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 連れて行かれたのは、川崎市街に位置する広大な敷地を誇る日本家屋だった。
 古くからの任侠一家なのだろう。これだけの都市部で年季の入った土地建物を保持しているのだから、そのルーツもおのずと知れるというものだ。

 引き合わせられたのは、その組の代表だという二人の男だった。
 一方は、貴文と同じく堅気ならサラリーマンでも通る色男で、もう一方は不思議な迫力を持つ美人だ。

 ただし、その場所が不思議だった。
 屋敷の庭に面した縁側で、二人とも煎餅片手にお茶の時間を楽しんでいたのだ。

 思わず武人の気が抜けたのも仕方のない話だろう。

 一緒に帰ってきていた青年が、二人に帰宅の挨拶をして、近くに腰を下ろした。そこにあった煎餅を手にとって、幸せそうにかぶりついている。
 歳の離れた弟を見るような慈愛に満ちた笑顔で、美人さんが自ら茶を淹れて渡している。
 そのついでに、こちらにも茶を注いでくれて、そこに座れ、と促した。

 貴文と偉丈夫は、とっくにその場から姿を消していた。

「……あの?」

「どうも、はじめまして。刑事さん、だよね?
 ここの組長をしてます、大倉七瀬です。
 まぁ、寛いで、といっても無理だろうけど、肩肘張らずにゆっくりしていってください」

「……はぁ」

 他に返事のしようがない。
 組長だと名乗った彼の暢気さ加減に、驚くしかなかった。

 あれから、気になって調べた限りでは、川崎の大倉組は、数年前組長が代替わりしてから急成長を続けている関東双勇会の大手だ。
 まだ傘下の一組織でしかないが、会長に気に入られていて、いずれは会内でもなんらかの役職に就くだろうというのが、大方の予想だという。

 その組長が、目の前にいる暢気な美青年だというのだから、驚くなといっても無理だ。

 ということは、隣で成り行きを見守っている穏やかな面構えの色男が、普通は組長の直下である若頭よりも上役だという組長補佐だろう。
 組長の代替わりに際して吸収合併した隣の同会派暴力団の組長。
 警察側の予測に反して、元々敵対関係ではなかったらしい。こうして暢気に二人並んでお茶を啜っているのだから。

 武人が戸惑っているうちに、煎餅を一気に食べ終えて煎茶もすすっと飲み干した青年が、さっさとそこを立ち去っていく。
 組の若い衆にも見えず、まったくもってその立場が読めない人物で、武人は思わずその後姿を見送っていた。

 その武人の視線に気付いたのだろう。
 人の良い笑みを見せていた男――調書が誤りでなければ横内晃歳という名のはずだ――が、突然鋭い視線を武人に向けた。

「あの子には手を出すな。ここに住んではいるが、うちの構成員ではない普通の高校生だ。善良な一般市民に危害を加えるというなら、容赦はしない」

 それは、それだけ可愛がっている子なのだと、武人に実感させる言葉だった。そうですか、としか、答えようがなかった。

 それにしても、まだ高校生だとは。
 もうとっくに成人しているものと思い込んでいた武人には、驚きの事実だ。
 確かに痩せて背も低く小柄なイメージだが、その割りに妖艶で落ち着いた大人の印象を与える不思議な青年だった。

「それにしても、貴文まで男に走るとはねぇ」

「ん? そうなのか?」

「そういうことでしょう? ここに連れてくるんだもの、大事にしてるんだよ」

「まぁ、適当な相手なら、事務所だろうな」

 ずずっと熱いお茶を啜りながらの会話に、武人は意味もわからず、とりあえず聞かなかったことにした。
 どうも、自分のことらしい、というところだけはわかったのだ。
 とすると、その意味を問いただすのが怖い気もする。

 とにかく、組長と副長を前にして逃げ出すことも叶わず、かといってすることもなく、居心地悪い思いをすること一時間。

 ようやく貴文が戻ってきて、武人の前に座り込んだ。
 座ったということは、まだ移動はしないのだろう。

 いつの間にか副長の姿はそこになく、組長はのんびりと読書に勤しんでいる。

「刑事さん、あんた、しばらくここにいてもらうことになりそうだよ。
 で、いつまでも刑事さんってのもなんだしな、名前教えてくれねぇか?」

「しばらく、って……」

「二日三日か一週間かそれ以上か。まったく、サツってやつは頭が固くていけねぇよ。
 で、名前だよ、名前」

 どうやら、現在の状況を隠すつもりはないらしい。
 説明しそうになって、自分の質問をまず片付けることにしたらしい貴文の態度に、武人も気が抜けた。

「吉井です。吉井武人」

「マル暴の吉井さんね。まだまだ下っ端だな。名前も聞こえてきたことねぇよ。
 もしかして、見た目どおり、まだ若いのか?」

「……一応、これでも三十なんですけどね。見えませんか」

「うわ。せいぜい二十五くらいだと思ってたぜ。七瀬と同い年か」

 それを聞いて、武人の方こそ驚いた。慌てて組長を振り返ってみれば、向こうも同じように驚いてこちらを見ている。
 が、突拍子もない出来事には慣れているらしい組長は、すぐに気を取り直して、笑ってよこした。

「貴文。留守番頼むよ」

「あ? ……あぁ、もうそんな時間か。わかった、いってらっしゃい」

 ひらひらと手を振って、出て行く組長を座ったままで送り出す。
 どうやら、元々出かける予定だったらしい。
 そうしてから、貴文はまたもや武人に向き直った。

「なぁ、吉井さんよ。俺と付き合わねぇか?」

 一体どんな脈絡があってそういう発言になったのか、武人にはまったく文脈が読めない。
 理解不能を如実にあらわした表情を隠しもせず、大きめの目をぱちくりと瞬きさせて、三十男にはまったく似合わないはずの可愛らしい仕草で首を傾げる。

 そんな武人の反応に、貴文はしばらく堪えてから大爆笑した。

「いや、まったく、マジで可愛いな、あんた。
 悪いようにはしねぇよ。仕事も辞めろとは言わねぇし。
 プライベート時間の一部を俺によこせよ。可愛がってやるぜ」

「……付き合うって、そういう意味かよ」

「そういう意味だよ。嫌だといっても付きまとうぜ? 諦めて俺のモンになれよ」

 ニヤリと笑ったその表情は、さすがヤクザの若頭というべきか、実に悪人顔だ、と武人は思った。





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