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次に彼に会ったのも、なんとも恋愛には場違いな場所だった。
都内の古い工場で、麻薬の製造をしているというタレこみにしたがって踏み込んだ時、どこから漏れたのか待ち伏せに遭い、仲間たちともども捕まってしまったのだ。
出会いから、半年経った頃のことだった。
踏み込んだ時のメンバーは誰も彼もが武道有段者のツワモノ揃いで、剣道二段の武人が一番弱いくらいだったのだが、その思い上がりがあだとなったのだろう。
なにしろ、十人の少数精鋭だ。ヤクザが徒党を組んだら、敵うわけがない。
「貴様ら、警察官にこんな真似をして、ただで済むと思っているのか」
今回の計画のリーダーが、居丈高に叫ぶのを、武人は身の縮む思いで聞いていた。
そもそも、この通常稼動している鉄工所らしい工場を見る限り、どうやら冤罪だったようなのだ。
さらに、身動きの取れないこの状況では、後に彼らに何らかの不都合が生じるとしても、自分たちはその前に命の危険に晒されそうだった。
そのリーダーの言葉に、軽く肩をすくめて答えたのが、近江貴文だった。
傍らには二十歳そこそこの青年をそばに連れた偉丈夫がいて、皮肉っぽい笑みを見せている。
「善良な市民を冤罪に陥れようとしていた貴方には、お咎めなしというのも、納得のいかない話ですよね?
少し痛い目を見ていただくくらいは、正当防衛だと思いますが」
いや、たぶん、手を出せば警察官に大義名分を与えるようなものだ。
だが、落ち着いた台詞回しで脅しをかける彼の迫力に飲まれたのか、リーダーがその次の言葉を飲み込んでしまったので、効果はあったらしい。
そこに、救いの手を差し伸べたのは、偉丈夫の傍らではらはらと成り行きを見守っていた青年だった。
いや、武人にとっては、あまり救いにならなかったのだが。
「警察の人に怪我させたら、口実を与えるようなものなんでしょう?」
「あぁ、そうだな。だが、何もせずに解放するのは、俺たちにとっちゃ面子に関わるのさ。
雄太なら、どうする?」
「ん〜? 身代金を要求する、とか」
「誘拐か? ははっ、そりゃあ良い。どうする? 貴文」
青年と偉丈夫の緊張感のまるでない会話を、黙って聞いていた貴文は、名案とはいかなくとも、なかなか面白い案だと思ったのだろう。
その二人ににやりと笑って返し、そのまま警察官たちを見回して、ひたりと武人に視線を合わせた。
「そこの若いの、あんたが人身御供だな。
おい。他の奴らにお帰り願え。身代金は一本。びた一文まからん。耳揃えて用意しな」
貴文の命令に、周りを取り囲んでいた老若取り合わせた下っ端たちが武人以外の警察官たちを引きずり出していく。
たった今思いつきで決まったわりに、速やかに実行に移されて、武人は少し驚いてそこに座り込んでいた。
いや、縄で縛られて身動きが取れなかっただけなのだが。
その武人の前にしゃがみ、貴文はにやりと口の端で笑った。
「久しぶりだね、刑事さん。あんときはどうも」
「……何で、俺を選んだんです?」
「一番下っ端っぽかったからね。アンタ程度なら、彼らには見放すって選択肢もある。誠意を計るにはちょうど良いのさ。
まぁ、顔見知りだってのもあったかな」
どうやら、半年前のことを覚えていたらしい。
貴文に手の内を明かされて、武人は納得してしまった。貴文の言い分は十分に理解できるものだったからだ。
それから、近くにいた部下に武人の拘束を解かせると、自らその腕を持って立ち上がらせた。
「悪いが、もう少し付き合ってもらうよ。
一応賓客として扱うつもりだ。気を楽にしてついてきな」
扱いは気を使うが命令はする、という宣言を、拒否できる立場でもない武人は、仕方なく受け入れた。
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