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 ちょうど居間に近いところにいて、僕たちの目的地からは笑う声が聞こえてきた。

 確かにまだ二十代だけれど、すでに半ばも過ぎたいい大人の七瀬さんは、なんだか歳を取るごとに可愛くなっていく気がする。
 はじめてあったときも、子供みたいな人だとは思ったけど。

「仁ってば、イジワルだなぁ」

「何だよ、本当のことだろう?」

「俺は、雄太は俺の息子同然だと思ってるけどね。雄太はそう思ってくれないのかなぁ」

 畳敷きの居間には大きな座卓がでんと置かれていて、上座に座った七瀬さんはせんべいを茶菓子にお茶を飲んでいた。
 ボクにその正面を指して、座って、と命じる。

 座布団が用意されていたからそれに座ったら、晃歳さんが台所からやってきて、ボクの前に愛用の湯飲みを置いた。仁さんにはコーヒー。

「ねぇ、雄太。俺の将来設計を、聞いてもらえる?」

 高校に行って欲しい、って説得されるものと思っていたから、ボクはびっくりして目を丸くした。
 七瀬さんはそんなボクの反応を了解と取ったのか、頷くまでもなく話し始めてしまう。

「雄太は、うちに姐がいないのは知ってるよね?」

「はい。七瀬さんと晃歳さんの関係は知ってます」

「だよね?
 だからね、大倉には跡継ぎがいないんだ。
 もちろん、俺はまだまだ跡継ぎを考えるような歳じゃないし、ヤクザなんて職業は、跡目相続に血縁は関係ないよ?
 でも、俺は自分が子供のうちから自分で育てた子に跡を継がせたいと思ってる。
 大倉は代々一子相伝で守ってきてるから、俺の代で伝統を変えるわけにも行かないし、今は丁度いい人材も目の前にいる。
 雄太、お前に、大倉を支える一つの柱となって欲しい。そう考えて、今まで育ててきたつもりだよ」

 ボクが?

 それはさすがに、恐れ多いってものだ。
 大体、僕の立場は父の借金の形であって、七瀬さんが期待するような人間にはなりようが無い。
 それに、ボク自身もなんの力も無いただの一般市民だし。身体も細っこいし、喧嘩も弱いし。

「俺が出来てるんだから、できると思うんだよ。
 雄太は賢いし、発想力もある。できれば、大学を卒業してもらって、俺を支える一翼を担って欲しい。
 うちには、大卒といえば晃歳しかいなくてね、高学歴の層が薄いのが弱点なんだ。雄太がそれを補ってくれたら嬉しいよ?」

「でも……」

「雄太の学校の成績は知ってる。中の上程度だね。
 でも、それ、本気出して勉強した結果?
 どうせ高校には行かないからこの程度って、手を抜いてたんじゃないかな?
 俺もね、伊達に組長やってるわけじゃない。人物評には自信があるし、雄太はやればかなりできる奴だと思うんだよ」

 七瀬さんには、本当に隠し事が出来ないと思う。
 手を抜いていたこと、バレてるんだ。

 そもそも、試験前に勉強なんてしたことが無い。
 授業中と宿題でしか勉強もしていなくて、いつも部屋で本を読んで過ごしていた。

 でも、やったからって、今からじゃ大学に進学できるほどの高校には入れないと思うんだよ。
 願書の締め切りも一週間後だし、先生はボクは就職だと思ってる。
 それを、今いきなり進路変更っていうのは、なかなか難しい。

「今から入れる高校で良い。高校だけは、卒業しておきなさい。
 大学に進学してくれるつもりがあるなら、高校の授業で足りなければ予備校に行っても良い。
 俺のために、考えてみて」

「雄太が高校に行ってくれれば、仁も喜ぶしな」

 七瀬さんの隣に座って茶をすすって聞く専門だった晃歳さんが、横から口を出す。

 っていうか、何で仁さんが喜ぶんだろ?

 不思議に思って、仁さんを見やったら、何故だかあたふたと焦っていた。
 七瀬さんも晃歳さんもただ笑ってるし。

「ふ、副長っ。いきなり何言い出すんですっ!」

「はは。高校出るまでは我慢しとけよ? 猥褻罪で捕まるぞ?」

 ボクとしては、きょとん、とする以外に、できることはないらしい。

 それって、仁さんがボクのこと、そういう意味で思ってくれてるってこと?

「雄太、気にするなよ。何でもないからな?」

 そう言われると、もっと気になるんだけど。

 もしかして本当にそういう意味だとしたら、ボクにとってはすごく嬉しいことかもしれない。

「おや。雄太もまんざらじゃないな? こりゃ、三年後が楽しみだ」

「こらこら、晃歳。面白がるんじゃないの」

 咎める七瀬さんも笑いながらじゃあまり意味が無くて。
 仁さんが用事を思い出したと言って大慌てで居間を出て行くと、さらに二人の笑いは大きくなった。

 幸せな日々は、まだまだこれからも続くらしい。
 なんだか本当に恵まれてる。そう思って、ボクも目元を和らげて微笑んだ。



おしまい





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