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 あれから三年。

 ボク、杉山雄太は、もうすぐ中学を卒業する。

 結局、借金を身体で返す羽目になった父は、しばらく土木作業に使われていたらしく、その後マグロ漁船に乗せられて、今は遠い海の上にいる。
 本当は内臓を切り売りする予定だったが、あまりにも使えなさ過ぎて断念されたらしい。内臓すら使えない父の無能っぷりに情け無いことこの上ない。

 そして、身内のいないボクの身元引受人が、七瀬さんになった。
 大倉組五代目組長として日夜忙しい日々を送りつつ、ボクに対してはだいぶ甘やかしてくれていると思う。立場を考えれば、恵まれてる。

 七瀬さんが親代わりだから、自宅はこのお屋敷で、ボクは離れに部屋を貰っている。
 裏口に近い小さな小屋で、大倉組が昔近隣の別組織と争っていた時の警備員の詰め所として使われていた部屋だそうだ。
 それにしては、プレハブでも良さそうなものを、随分と立派に作られている。

 まぁ、この日本家屋の棟続きにプレハブではかっこ悪いけど。

 祖父が残してくれたあのボロ家は、地理条件が良かったらしくなかなかの高値で売れたらしい。
 おかげで、父を働かせて何とか借金の元は取り戻せるらしく、ボクには借金を返す義務はないらしい。

 だから、中学を出たらこのお屋敷も出て、一人で働いて生きていくことになる。

 七瀬さんも晃歳さんも貴文さんも仁さんも、みんなボクには良くしてくれていたから、離れるのは寂しいけれど。
 いつまでもお世話になっているわけにもいかないし。

 今時、中卒を雇ってくれる会社はなかなか無い。
 面接もいくつか受けているけれど、大倉組の息がかかったボクが働ける場所は見つからない。

 ちょっと焦っていたりもするんだ。

 ボクの部屋の前は、もともと飛び石が敷かれていたんだけれど、今はその上にスノコを置いて、靴を履き替えなくても来られるようになっている。
 それもボクが来てからのこと。

 スノコだから、人が上を歩くとコンコン音がする。誰かが来たのは音ですぐわかるんだ。

「雄太。いるか?」

 かけてきた声は、仁さんだった。

 仁さんとは、十五歳も歳が離れているけど、実はボク、好きだったりする。
 ぶっきらぼうなんだけど優しくて、人情味があって、でもさすがヤクザらしく厳しいときはすごく恐い。
 憧れてるし、そばにいてドキドキするんだ。

 でもね、さすがに誰にも言えない。
 こんなガキんちょじゃ、仁さんには不釣合いだし、きっと眼中にも無いと思うから。

 あの頃の痩せっぽちのボクはさすがにもういないけれど、あの頃食べる量が少なかったせいか、結局食は細いまま、今でもちょっと痩せ気味に含まれる。

 それに対して、仁さんはふっくらした人が好みらしいんだ。
 話を聞いているとね、女はちょっとふっくらしてる方が柔らかくて抱き心地が良い、んだってさ。
 頑張っていっぱい食べるけど、まだ成長期のボクは、食べた分が横じゃなくて縦に伸びるから、全然太れない。

 いっぱい食ってぶくぶく太れ、っていうのが、仁さんの口癖になって久しい。ご期待にはまだ添えそうも無い。

 ちょうど暇を持て余していたから、ボクはいつものように元気に返事をして、戸を開けた。
 いつも通りスーツをかちっと着込んだ仁さんがそこにいて、待ち人顔をこちらに向けた。
 短い髪と端整な顔立ちとがっしりした体格は、一見真面目なセールスマンのようにも見える。ヤの字の職業なんて、思いつかないに違いない。

 この屋敷では自宅にいるように楽にしている仁さんは、締めたネクタイを少し緩めて色っぽく見えた。
 もちろん、大人の男の色気だよ。

「七瀬が呼んでる」

「七瀬さんが? 何だろ?」

「進路のことじゃねぇ? お前、本当に高校に行かないつもりか?」

 ボクがついてくる事は疑っていないらしく、先に立って歩きながら仁さんはそう言う。

 そう。七瀬さんには、大学まで面倒を見る、と言ってもらっている。
 今時大学も出てないとまともな就職先がないから、って。

 でも、ボクはそこまでお世話になるわけにはいかないことは良くわかってるんだ。
 実際に甘やかされてるくらいなのはわかるけれど、でも、僕の立場は借金の形。
 父が作った借金から、ボクは逃げるわけにはいかないし、だからこそそこまでしてもらえる立場じゃない。

 同じく高校に進学していないらしく大検を取ったという仁さんは、ボクを見やって目でため息をつく。

「遠慮すること無いんだぞ? せめて高校くらい出とけよ。中卒の俺が言うんだから間違いない。しなくて良い苦労まで背負い込むことは無いんだ」

「でも……」

「何か、夢でもあるのか? 高校生活に費やす三年間がもったいない、みたいな」

 例えば、料理人とか、伝統工芸の後継者とか。
 常識的な知識なら中学までであらかた習ってしまうから、高校は必要ない職業だ。後は、社会勉強で補える、っていう言い訳が通用する。

 けど、そうやって改めて問われれば、ボクにはそんな夢も希望も無い。
 ただ、七瀬さんに迷惑をかけたくない。それだけなんだ。
 だから、まだ就職先も決まってない。

「ないんなら、高校行っとけよ。俺の分まで、高校生活楽しんで来い」

「でも、早く独り立ちしたいから」

「親父の借金の人質、って立場は変わらないぞ?」

 う。

 それを言われるとね、ボクには反論の余地は無い。





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