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つれてこられたのは、今まで見たこともなかった大きなお屋敷だった。
規模はそれほどでも無いが丁寧に刈り込まれた庭木と石橋に人工の川、ししおどしの音が全体をきりりと引き締める。
そんな庭が一望できる縁側に座らされ、しばらくここで待っているようにと言いつけられた。
服もランドセルもまだ男の手元にある。まるで人質のように。
男は雄太を何の説明もなくそこに置き去りにすると、屋敷の奥へと入っていってしまった。
きしり、と背後で音がして、雄太は驚いて振り返った。
たくさんの人がいるのに、敷地の広いお屋敷のせいか、この場所が奥まっているせいか、川崎の街のど真ん中とは思えない静寂で、畳のきしむ音が聞こえたのだ。
振り返ったそこに、人が立っていた。
男の人らしい。
らしい、というのは、その顔が整っていて身体つきも華奢で髪を伸ばして背中で結わえているせいだ。
一見して、男か女か迷う外見だった。
その男の人は、雄太ににこりと笑いかけると、隣に腰を下ろした。
「君、名前は?」
「杉山雄太」
「さっき仁に連れられてきた子だよね?」
「……仁? さっきのおじさん?」
「まだお兄さんの歳だなぁ」
あはは、と声を立てて笑う。
まるで子供のような無邪気さで、しかも、人を引き込む不思議な魅力がその男の人にはあった。
手を出して、と言われて片手を差し出すと、そこに小さなみかんが一つ乗せられる。
「ちょっと酸っぱいけど、なかなか美味いよ。食べな」
どうやら二つ持ってきていたらしい。彼は、自分の手元に残ったみかんを丁寧にむき始める。それを見て、雄太もみかんに指を突っ込んだ。
しばらく黙々と皮むきをしていると、頭上に影が出来た。
「お? みかんじゃん。どうしたの?」
「あぁ、晃歳。お帰り。福道のご実家から送ってもらったんだ。台所に箱で置いてあるから持っておいでよ」
仰け反るように上を見上げてその影の正体を確認し、彼はふわりと笑ってそう言う。
コートもまだ着たままの、晃歳と呼ばれたその人は、りょーかーい、と返して屋敷の奥へ消えていった。
入れ替わって、庭から人影が二つやってくる。
一方は、雄太もすでに顔を見知った人だ。二人ともかっちりとしたスーツ姿である。
「あの子供?」
「そう。どうすっか、と思って、取りあえず連れて来たけどよ。施設に預けるのが最良の判断だと思わねぇ?」
話をしながらやってくるのだが、その話題のネタはどうやら雄太のことらしい。
二人の姿を見つけて、隣の彼がこれまたにこりと笑った。
「七瀬。お前、こんな所でみかんなんか食うなよ。仮にもうちの組長なんだから」
「仮にも、は余計だ。それに、縁側みかんは別に不自然じゃないぞ」
「お前の立場じゃ不自然だろ」
「良いじゃん。晴れてて太陽気持ち良いし、特に今日はやることもないし。日向ぼっこ」
実に仲良さそうに対等に話しているが、実際のところ、雄太の隣で日向ぼっこ中の七瀬の方が格段に上役だったりする。なにしろ、この大きなお屋敷の当主だ。
あはは、と笑う声が聞こえて振り向けば、コートを脱いで戻ってきた晃歳だった。
手には籠いっぱいにみかんを積み上げて持ってきている。
「みんなで食えばいいさ。話もあるんだろ?」
ほい、と差し出した先は、庭を突っ切ってやってきた貴文と仁。
礼を言って受け取り、二人とも七瀬と雄太を挟むように両隣に陣取った。
「美味いか? 雄太」
雄太の隣に来たのが、先ほど自宅から強引に連れ出した仁で、雄太はその彼を見上げ、こくりと頷いた。
先に七瀬から貰ったみかんはなくなっていて、晃歳が剥いた皮と引き換えにもう一つみかんをくれた。
で、と七瀬に話しかけるのは、貴文だ。
「どうする? コイツの処遇」
「父親は?」
「アル中で肝臓はダメ、ヘビースモーカーで肺もバツ、ヤク歴あるから精密検査させないと保証も出来ない。借金の足しにもなりゃしねぇ。悩みどころだ」
「ってことは、まだ使ってないわけだ?」
「おう。下働きさせてるよ」
肝臓だの肺だのという内臓の名称が出てきたところで、雄太にはそれが何を指しているのかはまったくわからず、ただみかんに専念している。
その姿を痛ましそうに見やり、七瀬は背後に座った晃歳を振り返った。
「うちで引き取ってみたらダメかな?」
「……言うと思った。
あのな、七瀬。今回の件はけして珍しいケースじゃないんだぞ? まさか、皆引き取るつもりじゃないだろうな?」
「ん〜。父親から取れないなら、子供から取るのは当然でしょ? 先行投資だよ」
「早いモン順?」
「だね。雄太は運が良かったのさ」
「運が悪かった、の間違いだろ。今後はどうするんだ」
「臨機応変で」
「うちは子沢山になりそうだな」
「いいじゃん、にぎやかで」
三人がかりで抵抗するのも何のその、もう腹は決まってしまったらしく、七瀬はのらりくらりと質問をかわして、けって〜、と声を上げた。
入り婿晃歳は何も返せず苦笑し、貴文も仁も降参とばかりに空を見上げた。
「いや、良い天気だ」
貴文のそんな言葉は、まず間違いなく、やけっぱちだろう。
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