いとし子 1




 杉山雄太。十二歳。

 小学校の六年生だ。

 年中家でごろごろしているアル中の父親との二人暮らし。
 おかげで家にお金が無いので、給食費もままならない。
 家の状況を理解している担任が肩代わりをしてくれている。

 だから、まともなご飯が食べられるのは平日のお昼ご飯だけだった。
 一ヶ月一万円も自由になれば、多少まともな食生活も出来るだろうに、そんな大金があれば父があっという間に賭け事に使ってしまう。

 いつか取り返しの付かないことになるんじゃないか、とは思うが、具体的な状況が小学生の身分では想像もつかず、ただ恐い父を刺激しないように家の中でひっそりと生きていた。

 こんな生活だから、すっかり痩せ細った体で、父の体罰に懸命に耐えていた。

 その状況が変わったのは、何とも唐突だった。




 祖父が残してくれた、今にも崩れそうなボロボロの一軒家に、その日、実に荒っぽい客があった。

 ずかずかと土足で入り込んできたのは、太いチェーンのネックレスやら派手な柄のシャツやらを身につけたスーツ姿の男が三人。
 それに、比べると一緒にいることが不思議なほど、普通のサラリーマン風の男が一人。

 しかも、どうやら後者のほうが上役らしく、三人の腰が低い。

「アニキ、こんな所にガキがいやすぜ」

「家にガキがいるのは情報が入ってる。驚くことじゃない。
 それにしても、聞きしに勝る酷さだな。これじゃ、土地代くらいしか取れねぇ」

 三日雨が続くと着るものがなくなってしまうほど選択肢の狭い衣類が部屋の片隅に重ねられ、ランドセルには全教科の教科書が詰め込まれたまま。
 辛うじてぼそぼそになった毛布が部屋の隅に丸めておいてあり、毛布の中に雄太はうずくまっていた。

 季節は真冬。
 隙間風の入ってくるこの家では、常に毛布に包まっていないと寒くて凍えてしまう。
 外にいる方が日が当たる分マシかもしれない。

 突然の闖入者に驚いて声も出ない雄太の目の前で、家の中を物色して回る男たちが、ずかずかと通り過ぎていく。

 一人そこに残ったサラリーマン風の男が、雄太に視線を合わせるようにしゃがみこんだ。

「お前の父ちゃんな、借金が返せなくなって体で払ってくれることになったんだよ。
 この家も借金の形に貰うことになった。
 子供も親の借金の返済に当たってもらわなきゃならねぇんだが、お前みたいな痩せっぽちじゃ金にならねぇからな。
 何か考えるさ、取りあえず一緒に来な。住むところくらい作ってやる」

 男の話は半分くらいしかわからなかった雄太だが、飲んだくれの父がヤバイ所に借金を作って、借りたお金を返すのに自分が働かなくてはいけないらしい、という本筋は飲み込めたらしい。

 雄太はただ、こっくり頷くだけだったが。

「わかったのか、賢いな。荷物はこのランドセルだけか?」

 再び頷く。驚きに喉が萎縮して声も出ないらしい。

 が、男は雄太が声を出さないことは特に気にも留めず、ランドセルを肩にかけ、毛布ごと雄太を抱き上げた。

「うわ、何だお前、軽すぎだぞ。生きてるのか?本当に」

「……生きてる」

「みたいだな。蚊が泣くみたいな声しやがって。たっぷり食わせてやるから、もうちょっと人並みに肥えろ。今のままじゃ何の役にも立たねぇ」

 そのまま、男は部屋を出ようとする。
 赤ん坊を抱き上げるように片手で軽々と抱きかかえる男の肩を、雄太は慌ててパシパシと叩いた。

「ボクの服」

「大事な服なのか? 日常着なら、ユニクロで揃えてやるよ。あれじゃ襤褸切れより酷い」

「でも、お父さんが買ってくれた服」

「……松永。そこの服、紙袋かなんかに詰めて持ってこい」

 どうやら、折れたのは男の方だったらしい。





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