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 川崎大師に程近い、旧家を思わせる年代モノの白壁に囲まれた、屈強な男が二人見張りに立つ正面玄関を横目に、すぐ隣のガレージに車を入れて、七瀬はそこに降り立った。

 ギリギリ寄せても三台しか停められない普通のガレージに、組長の移動に使用される高級車と、適度に改造が施された一般的な車が並ぶ姿は、微妙にミスマッチだ。

 電動シャッターを下ろし、晃歳を伴って裏口を開けると、どうやら七瀬の帰宅に気付いたらしく、舎弟の一人が深く腰を追って出迎えた。

「お帰りなせぇやし」

「ただいま。先触れを頼むよ。組長にお客様」

「承知いたしやした」

 晃歳の顔は知っているはずだ。隣の組の組長の顔くらい、一般常識の範疇である。
 だが、その姿に驚きもせず、七瀬の命を受けて、小走りに玄関に入っていった。代わりに、別の舎弟が近寄ってきて頭を下げる。

「お帰りなせぇやし。組長が、首を長くしてお待ちです」

「叔父貴は?」

「しばらくお待ちでしたが、急用とのことでお出かけになりました」

 先に立って案内しながらの返答に、そ、と七瀬は軽く頷いて返す。
 玄関前で立ち止まり、礼をして二人を見送る彼をそのままに、七瀬は晃歳を促して、奥へ入っていった。

 長い縁側を通り抜け、奥まった部屋に辿り着く。窓の向こうに見える縁側は立派な日本庭園になっていた。かすかに鹿威しの音が聞こえてくる。

 七瀬が縁側に膝を突くのに一瞬遅れて、晃歳もそれに従った。組長同士の会談ならいざ知らず、自分は七瀬の恋人として父親に会いに来たのだ。礼儀は自分が格下で当然だった。

「お父さん。七瀬です」

『入りなさい』

 威厳に満ちたその声は、確かに七瀬に良く似ていて、晃歳は思わず七瀬を見つめた。
 将来、彼もこんな親分になるのだろう。その傍らに自分を置いておけるのか、晃歳にとって、正念場はこれからだ。

 障子を開けると、瀬尾は脇息に持たれて読書の最中だった。客人を見やり、そっと木の葉のしおりを挟む。

「失礼します」

 あっさりとした洗いざらしの麻のシャツにジーンズというラフスタイルの瀬尾に、晃歳は思わず目を奪われた。
 七瀬の父親なのだから、自分の父親と言っても変わらない年頃だろう。その人が、自宅ではこんな姿をしていることに、心底驚く。
 自分の父が着物を好んで着ていたから、なおさらだ。

 七瀬に促されて、瀬尾の正面に用意された座布団まで行き、座布団自体は横にずらして畳に正座をする晃歳に、晃歳の斜め後ろに腰を下ろした七瀬は、何故かくすくすと笑った。
 瀬尾は、ほう、と感心した声を上げている。

「一つだけ、聞いておきたい。七瀬は辰巳の組を取り込む腹積もりのようだが、異論は無いのか?」

「ありません。そもそも、それは私の方から提案したこと。病室でのほほんとしていた間にいろいろと奔走してもらっていたようで、申し訳なく思っています」

 挨拶も無く切り出された言葉に、晃歳は正面から疑惑を持った視線を受け止め、真摯にそれを返した。
 七瀬はといえば、晃歳のそんな返答に、少しだけ驚いた表情だった。確かに冗談のようにそう言われたが、それを晃歳が提案と言い切ったことには驚いてしまった。

 そもそも、辰巳組に有利な条件など一つも無い。唯一あるとすれば晃歳の処遇くらいだが、そもそも組長だった人間を下っ端に据えられるほどヤクザの世界は簡単ではないのだから、それは当然と言っても良いくらいだ。

 それなのに、自分が育ってきて、自分が現在頂点に経っている、その組織を完膚なきまでに叩き潰すくらいの計画を、晃歳は平然と承認してのけるのだ。
 それはもう、ありえないくらいに。

「それは、自分でも潰したかったということか?」

「いえ。手を焼いているとはいえ、私が生まれ育ち、ようやっとのことで頂点にまで辿り着いた大事な組です。自分から潰したいとは到底思えません。
 それでも、七瀬のためになるのならば、躊躇無く切り捨てます。あれは、私たちの関係には邪魔な存在でしかない。
 それに、七瀬に任せれば悪いことにはならないと信じていますから」

 正面きって言い切ったその言葉に、晃歳の正直な気持ちを聞き取ったのだろう。
 瀬尾はにやりと笑い、七瀬を見やった。

「七瀬。近々吉日を選んでおけ。総長にもご連絡差し上げるように。俺には決まったら知らせれば良い」

「承知しました」

 それは、正式に二人の関係を認め、七瀬に代を譲る、その宣言に他ならず。七瀬は座りなおして畳に両手をつき、深く頭を下げた。

 ついで、瀬尾は改めて晃歳を見やり、相好を崩した。

「横内さん。うちの息子はあぁみえて脆いところがある。どうか、支えてやってください」

 それは、父親として、息子を案じる言葉だった。
 他に聞き間違いようの無い、心底心配している父の言葉に、七瀬ははっと父親を見やる。
 その七瀬に背を向けていては気付かなかったのだろうが、晃歳は改めて深く頭を下げた。

「全身全霊を持ちまして、お守り致します」

 それは、父が息子の恋人を認めた、その儀式のようなものだった。

 瀬尾が手を叩くと、入ってきた障子とは反対の襖が音も無く開き、白髪交じりの痩せた男がそこに控えていた。

「食事を用意してくれ。居間で良い」

「承知しました」

 頭を下げて襖を閉めたそれを見送り、瀬尾は晃歳ににやりと笑ってよこす。

「まぁ、座布団敷いて楽にしな。婿殿にはいろいろと話しておきたいこともある。昼飯はまだだろう?」

「はい。いただきます」

 はっきり婿と呼ばれたことに、晃歳は心底認められたことを実感し、頷いて返した。
 横にどけた座布団を敷いて、やはり正座をすれば、胡坐かきなよ、と瀬尾自身に咎められた。

「七瀬。お前は仕事があるんだろう?」

「はい。じゃあ、後で居間の方に直接行きます」

 それは、昼食は一緒にとる、ということを示す言葉で、それと同時に、二人きりで残される事実も表していた。
 少し緊張してしまうが、今ここで負けるわけにも行かない。
 認められた婿としては、せっせと得点稼ぎをする必要があったのだから。





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