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 今回の組織編制は、組織の編成と同時に、メンバーの若返りも考えていた。
 たまには荒療治的に再編成を行わないと、めまぐるしく移り変わるこの業界で取り残されてしまう。それを、七瀬は懸念しているのだ。
 幸い、大倉組には若い人材が意外に豊富で中間層が少ないため、代替わりは大した問題ではなかった。
 だが、吸収する辰巳組の編成については、まったく考える余地すらないのが現状だったのだ。

「でも、本当に今日で良かったの? せっかく退院したんだし、今日くらい自宅でのんびりすれば良いのに」

「自宅に帰ったらのんびりできないのさ。それに、うちの連中に迎えに来られると、なかなか恥ずかしい目に遭う。良くも悪くも、ヤクザだからな、うちの連中は」

「うちだって、見るからにヤクザだよ、みんな。貴文と俺くらいだもん、インテリ派なんて」

 しかも、そのどちらも最終学歴が大学ではない。構成員に大卒が一人もいないのが、大倉組の弱点といえば弱点だった。
 七瀬自身は、大学に入るだけの学力も持ち合わせていたが、必要が無いとして進学しなかったのだ。

「うちも、俺だけだなぁ、大卒。学歴関係ない業界だけど、馬鹿ばっかりってのも厚みが足りなくて困る」

「学歴だけが判断基準じゃないし。実際、中卒でも頭の良い奴はいるしな。
 ……あ、忘れてた。戸山さんに高卒認定試験受けさせるんだった」

 話の流れで思い出したらしい。身内だとすぐ忘れちゃうんだよなぁ、とブツブツ呟いている。
 隣で、その名前に一致する顔が思い浮かばず、晃歳は首を傾げる。
 七瀬がさん付けで呼ぶ相手なのだから目上のはずだが、それにしては目下相手の言葉が続いた。一体何者なのか、良くわからない。

「……誰?」

「え? ……あぁ、口に出してた? 戸山さん。中学の先輩なんだ。最近うちに入った人でね。晃歳も何度か会ってるよ」

「近江さんと一緒にいた人?」

「そ、その人。ちなみに、晃歳にとっては恋敵」

 サラリと続いた衝撃の事実に、晃歳は唖然として七瀬を見つめた。七瀬はくっくっと楽しそうに笑っている。

「本人はバレてないつもりだと思うけどね、たぶん、あの人に惚れられてるよ、俺」

 それは、実はつい最近気付いたことだ。だから、いつからだったのかはわからない。
 だが、それはきっと事実だと思うのだ。なんだか、本人に直接聞けば肯定されそうなくらい、本人が隠さなくなったのだから。

 もしかしたら、晃歳との仲を察知して、慌てたのかもしれないし、安心して曝け出せるようになったのかもしれないし、真相はわからない。

「強敵だよな。俺、あの人に助けられたようなもんなんだろ?」

「そうそう。あの時、俺も貴文も動けなくてね。戸山さんがいてくれなかったら、どうなってたか」

 そんな恐ろしいことを言いながら、七瀬は楽しそうに笑っていた。心配などしていない素振りだった。

「彼の人事、どうするんだ? 有能な人材は取り上げるんだろ?」

「戸山さんはね、まだ一介の構成員でいてもらうよ。入って一ヵ月経たないし。
 俺自身は信頼するだけの年月知り合ってるけど、他が黙ってない。でも、若頭の直属でやってもらう予定にはなってる」

「若頭の、というと……近江さん」

「そ。中学の同級生で、不良友だちとしても仲良くやってた仲だから、サポート役にはうってつけなんだ。
 貴文も、異例の大抜擢になるからね。不安要素は無くしておきたい」

 その返答に、晃歳は疑いなく納得する。

 そもそも、若頭は決まってる、と聞いた時点で貴文を思い浮かべるほど、七瀬のそばには貴文が必要だと判断していたのだ。
 その人の、大して大きくも無い背中に七瀬を乗せるには重過ぎるだろうから、サポート役としてはうってつけの人材だった。

 そんな判断をできるほど、晃歳も大倉組の内部事情を把握しているのは、実は入院中の暇な時間を大倉組の調査に当てていたからだ。
 自分の部下にたいして、大倉組を探るよう指示を出したのは、部下たちはとうとう全面戦争を起こすか、と勝手に期待しているようだが、腹積もりとしてはすぐにでも七瀬のサポートに入れるようにとの配慮に他ならなかったりする。

「もうすでに動いてるみたいだけど、親父さんは納得してくれたの?」

「うん。それで、晃歳に会わせろ、って。任せられる男なら、隠居でも何でもしてやる、とか言ってたから、まず間違いなく問題ないでしょ」

「俺、気に入ってもらえるかな」

「何言ってんの、辰巳の組長。昇さんに認められた人なんだから、自信持たなきゃ」

「昇……さん?」

「うん。総長。横内はいい男だぞ、だって」

 えぇっ!と声を上げる晃歳は、実に歳相応に見えて、七瀬はくっくっと楽しそうに笑った。

 いくら若頭といえど、総長に直接会い、名前を呼べるというのは、不可能に近い。
 それこそ、七瀬だからこそ許されたことだ。最初に顔を合わせたのは姫として、次に会わせたのは若頭を拝命する時。
 高校生の頃に初めてベッドのお供をしてから、何故だか総長には格別可愛がってもらっていた。
 今では、公式の場以外で総長と呼びなどしたら、後でベッドの上でどんな意地悪をされるかわからないほど。

 そんな二人の関係を知らない晃歳は、うーと困ったように唸っていた。
 
「俺、なんだか自信が無くなってきた」

「どうして?」

「だって、恋敵が強敵すぎだよ。まさか、総長まで……。あぁ、今度会ったら苛められるんだろうな、俺」

 はぁ、と深いため息を一つ。七瀬はとうとう堪えきれず、声を上げて笑い出したのだった。





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