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 翌日。

 七瀬は大倉本家の一室にいた。目の前には組長、その隣には叔父であり大聖寺の跡を受けて舎弟頭に納まった人がいて、彼らと相対する七瀬はしっかりと二人分の視線を引き受けている。

「話とは何だね、七瀬」

 どうやら、七瀬が二人を呼び出したものだったらしい。

 訊ねられて、七瀬はそこに手を突き、頭を下げた。

「二つに一つ、選んでください。私から若頭の地位を剥奪するか、私に組長を譲り引退するか」

「……理由は?」

「人に惚れました」

 隠すつもりは無い。本人の承諾は受けているし、意見も利害も一致した。

 あまりに極端すぎる二択は、その惚れた相手が問題のある人物であるが故に他ならない。父と叔父は、顔を見合わせた。

「相手は余程問題のある人物なのだろうな」

「そうですね」

「辰巳組の組長か」

「はい」

 昨日葬儀場で見せたアツアツぶりからの判断だろうそれに、七瀬はあっさりと首を縦に振った。
 再び、父と叔父は顔を見合わせる。

 実際、その出会いの場を提供したのは、組の総意であったし、今でもそれは必要なことであったと判断できる。
 しかし、七瀬が姫の仕事を辞めたいと申し出るくらいならば簡単に認めただろうが、これは事が大きすぎた。

「立場の問題を言うならば、今のままで十分では無いか」

 焦ることも無く、いずれは組長の座に着くことが約束されているのだ。
 今の方がまだ、自由に恋を語ることが出来るだろうに。
 組長同士となれば、心が離れても後戻りは出来なくなってしまう。個人の問題ではなく、組全体の付き合いでなければ、認められないだろうから。

「何故結論を急ぐのだ」

「お父さん。辰巳組と大倉組が分かれているの、不自然だと思いません? こんなに近くに、同じ双勇会系列の組が二つ、必要ないと思うんですよ」

 七瀬の台詞に、父ははっと息を呑んだ。

「七瀬。それはならんぞ」

「まだ何をするとも言ってませんよ、お父さん」

「言っているようなものだ。どちらかを潰そうというのだろう? おそらくは、こっちだ」

「いえ、向こうですけど」

 否定したのは後半の部分のみ。その返事で、前半を肯定し、後半を否定するという、器用な真似をして見せたわけだ。

 その返事が意外だったのか、父と叔父は再び落ち着いた様子で顔を見合わせた。

「そんなことが可能なのか?」

「今すぐとはいきませんが。私で五代目と続いた家を潰す気には、さすがになれないですね」

 ならば、向こうの連中を傘下に組み込んでしまえ、というわけだ。

 それは、晃歳があんなに熱心に説得するからこそ、思い切れたものだった。
 晃歳も、自らが自分の組を潰そうか、と言ったくらいの話だ。二人共に、その方法がより良いと思っているのだから、問題あるまい。

 そもそも、晃歳は自分の配下を上手に操りきれていない。それは、傍で見ていてもそう思えるし、本人も自覚があることだ。
 どうせ従う気が無いのなら、そんな配下は追い出してしまえ、と七瀬は乱暴に考えるわけだった。
 組長の相続には、親組織である双勇会の承認が必要だ。つまり、晃歳は親に認められた組長なのである。
 その組長を軽視するのだから、辰巳組のみならず、双勇会からのそれ相応の報復も覚悟の上だろう。そのはずだ。
 追い出されて双勇会そのものから睨まれて初めて気付いても、遅すぎるというものだ。

 それにこれは、七瀬が姫だったからこそできた発案だった。
 計画を実行に移すには、関東双勇会総長の承認と協力が不可欠だが、総長も七瀬には一目置いていて、姫としての扱いも無いわけではないが、横浜中華街元締めの東老人と同じく、個人的にも可愛がってもらえているのだ。

 川崎駅周辺に、同会系列の組織が二つに分かれている無駄を訴えれば、総長はあっさり頷くだろう。それも、組長同士が納得ずくなのだから、反対理由も見つからない。
 個人的な問題だけならばさすがに難しいが、双勇会としての利益に繋がるなら問題は無いのだ。

 うまくいけば、七瀬と晃歳の恋が実るばかりでなく、辰巳組の不安要素を片付け、大倉組の勢力拡大も図れる、一石数鳥の作戦だった。
 下手をしても、別に七瀬に傷はつかないし、晃歳は多少危険な状態になるかもしれないが、匿ってから行動開始する手順さえ間違えなければ、許容範囲内の被害で納まる。
 最もわりを食うのは、抵抗勢力の方だ。

 自分の身体を最大限に利用して作り上げた人脈だ。今こそ、最大限に利用するべきだろう。

「これを実行するには、俺は若頭の立場では弱すぎます」

「あぁ。組の代表者であるべきだな」

 どうやら、内容は理解してもらえたらしい。頷いて返され、七瀬はにこりと笑った。その笑顔で、なかなか恐ろしいことを続ける。

「それがダメなら、若頭の地位を返上し、あの人のところへ行きます。現状維持は考えていません。そのときは、叔父貴に若頭を継いでもらってください」

 はっきり宣言するそれで、七瀬が真剣にそう考えているのは伝わったのだろう。叔父は判断を兄に任せ、視線を向ける。七瀬もじっと父の返答を待った。

 父、瀬尾は、はぁ、と深いため息をついた。

「お前が一人の人間に惚れたことは、喜ばしいことだと思う。命じておいて言えたことではないが、お前の身体のことは俺も心配していたんだ。
 けどな、相手が悪い。何故ようやくできた恋人が、男で、しかも他の組の組長なんだ」

「……お父さん?」

「まぁ、そう言っても今更仕方ないんだろうな。
 総会では顔を合わせてはいるが、一度息子の恋人として会ってみたい。その上で、お前を預けられる男なら、俺は隠居でも何でもしてやるさ。
 お前に跡目を譲るのは、すでに決定事項だ。ただ、時期尚早だと思う程度のこと。お前なら、うちの連中を手懐けるくらい、わけもなかろうさ」

 結局、息子を信頼していたのだろう。
 まだ二十代も前半で、誰から見てもヒヨッコでしかない七瀬だ。だが、大倉家の血を濃く受け継いだそのカリスマ性と細かな判断力、決断力等、リーダーとしての気質は十分備わっている。
 それこそ、若頭の地位について五年の間に、幹部連の誰もが認めるだけの能力を見せ付けてきたのだ。反対するものもいないだろう。

 あとの問題はといえば、七瀬が恋をしたというその相手を、父親の目で意地悪く判断するだけだった。

「総長には、お前からご相談しておきなさい」

「総長のお耳に入れても構わないんですか?」

「どちらを選択するにしても、総長にはご連絡差し上げなければならないんだ。お前から説明するのが筋だろう」

 いいな、と言いつけて、瀬尾が胸の前で腕を組む。七瀬は、深々と頭を下げた。





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