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家に戻ると、事件現場に居合わせていた二人が、丁度受付を済ませたところだった。ばったり出くわして、七瀬は頭を下げる。
「東師父。黄さん」
「おや、七瀬。出かけていたのか」
「ナイテ、イタカ? 目、アカイ」
東老人だけでなく、黄も七瀬に片言の日本語で話しかける。まだ見てわかるほどなのだと悟らされて、さすがに七瀬も顔を赤く染めた。
七瀬を庇うように、晃歳が進み出る。それに気づき、東老人はすっかり白くなった片眉を上げた。
「ほう。色男の登場じゃな」
「横内晃歳と申します、東老父。お噂はかねがね」
「なるほど。あんたが、七瀬を守って銃弾を受けた勇士じゃな。よう守ってくれた。儂からも礼を申そう」
「いえ、とんでもない。盾となるので手一杯で、彼に心配をかけました。面目ない」
片腕を吊った状態で、だが七瀬を守る体勢は崩せないらしい。背に庇われている七瀬は実に嬉しそうだ。
「なるほど、七瀬もようやく身を固める決心がついたようじゃな」
よきかなよきかな、と東老人は笑うが、七瀬と彼の立場は七瀬の恋人を歓迎するには少々不自然だろう。一応姫の客だ。
「仕事は辞めるのであろう?」
「師父のご指名でしたら、いつでも喜んでお受けいたしますよ」
「ほほ。そろそろノロケ話の一つも聞かせてもらえるのかのう。楽しみなことじゃて」
ほっほっと笑いながら、東老人は祭壇へ向かい。お供をするように七瀬はその斜め後ろに従った。もちろん、晃歳との手は繋いだままだ。
晃歳に親族席までエスコートされ、別れ際には額にキスまでされて、七瀬は嫌がるどころか嬉しそうに頬を染めた。
集まった客人たちの注目を集めたが、それこそが目的だ。
そのほとんどが七瀬の客だったから、強敵の登場を印象付けたわけである。
大倉組組長を喪主とした葬儀は、しめやかに営まれ、大聖寺の身体は近くの火葬場で荼毘にふされた。
白い煙となって空へ上っていくのを、七瀬は誰も寄せ付けない雰囲気で一人佇み、見送った。
七瀬の頬を、一筋の涙が伝い落ちていった。
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