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 智香に励まされてようやく動く気力を取り戻した七瀬は、大倉本家の座敷を葬儀場に作り変えていく舎弟のうちの一人を捕まえて、婚姻関係にはなかった妻と娘の席を親族席に作るよう指示して、それから、受付の準備に追われているはずの貴文を捜し始めた。

 貴文は、戸山と二人で記帳台の設営をしていた。
 二人では大変な様子で、二人して大騒ぎしている。

「他の奴らに手伝わせれば良いのに」

 声をかけるでもなくそう言って、二人が両端を持って起こそうとしていた、ぐらついた机に手を添える。
 七瀬が来るとは思っていなかったらしい。二人とも、驚いた顔で見つめた。
 
「頭の側にいなくて良いのか?」

 通夜の間はまったく動けなかったのを知っているから、貴文は気遣ってそう問いかける。
 七瀬はそれに、小さく微笑んで首を振った。

「智香ちゃんにお願いしてきたよ」

「智香?」

「うん。大聖寺の娘さん」

「え? あの人、奥さんいたのか?」

 一家の一員になってまだ日の浅い戸山は、まだ幹部連中の全員を把握しているわけではなく、大聖寺のことは七瀬の教育係で舎弟頭という立場だからこそ、興味もあって覚えていたに過ぎないのだ。家族構成の把握など、まだまだだろう。

 だから、そうは見えなかったらしく、戸山は驚いた声を上げた。

「奥さんではないよ。結婚という形を取らなかっただけで、立場的には奥さんに違いないけどね」

 へぇ、と感心して返したのは、何故か貴文もだった。初耳だったらしい。

「で?」

「……ん?」

「七瀬は何しに来たわけ?」

「ん。手伝うことあるかなぁって思って」

 基本的には葬儀屋に任せているから、仕事らしい仕事も無い。
 それに、今の精神状態で年寄りの小言を聞いていられる余裕は無い。
 従って、歳も近く気心の知れた友人のところに逃げてきた、というところだった。

 そうはいっても、こちらも大した仕事は無いので、貴文は戸山と顔を見合わせた。戸山は肩をすくめて返す。

「まぁ、良いんじゃないか? この辺でのんびりしてろよ。話し相手くらいにはなる」

「んじゃ、そうする」

 その辺に立てかけてあった折りたたみの椅子を机に合わせて均等に配置してから、自分はそのうちの一つに腰を下ろす。
 そんな行動を手伝いながら見送って、貴文と戸山はまた、顔を見合わせた。

 告別式までまだ一時間もあって、弔問客もまだ来ないのでやることが無い彼らは、そこに座っておしゃべりに興じることにした。

 七瀬が、放っておくと辛そうだったから、付き合ってくれたのだろう。その心遣いに、素直に感謝する。
 一人では辛すぎて仕方が無い。

「そうだ。頼んでた調べもの、どうなった?」

 どうやら、七瀬にとっては、世間話の延長程度の認識しか無いらしい。
 そして、それを尋ねられた方もまた、あまり変わらない程度の認識のようだった。
 あぁそうそう、と、今思い出したかのような反応をする。

「本当に、まったくのカタギだった。
 ってか、裏の世界知らなすぎ。
 会社ぐるみらしいんだけどな。うちの店によく来る客のうちに、そこの人事部長がいて、ホステスに根掘り葉掘り聞き出させたよ」

 てぇか、ホステス程度に喋っちまうんじゃどうしようもねぇな。との、感想つきだ。

 一体どうやって神龍会と接触したのかも不明だが、その会社は、川崎に本社を持つ食品輸入販売業者だった。
 銃の用途は単純明快。多額の負債を抱えていくつかの闇金融から借金の強引な取立てを受け、身の危険を感じた社長が護身のために手に入れようとしたらしい。

 そんな金があるなら借金返せよ、と三人は力一杯思う。
 いくらヤクザでも、何の弱みも無い相手を脅したりはしないのだ。
 無用な犯罪を好んでするような馬鹿はそうそういない。こちらに不利益があるからこそ、多少強引な手段をとっているに過ぎないのだから。

「で、どうする?」

「他に借金があるんじゃ、これ以上増やさせても自己破産させるようなもんで、一銭の得にもならないな。向こうは、あの時乱入したのが俺たちだって知ってるのか?」

「いや。あれ、警察だと思ったらしいな。白鞘チラつかせて脅しかけるようなサツがいたらお目にかかりたいもんだけど」

 どうやら貴文はその会社を徹底的に嫌ったらしい。小気味の良い毒舌ぶりが全開だ。

 ふぅん、と返して、ろくに考えているようすもなく、七瀬はあっさりと結論を出す。

「んじゃ、飴と鞭作戦だ。借金まとめて借り替えさせて、普通に取立て。ただし、金利最大で」

「まったく美味くないな」

「そこをうまくやるのが、貴文の腕の見せ所でしょ?」

「俺かい」

「やなの?」

「う〜。しゃあねぇ。腕、見せましょ」

 そこで、イヤだ、と言える強靭な心臓があったら、今頃こんなに後悔していない、と貴文は思う。
 辰巳組組長に重傷を負わせてしまったことも、大聖寺を死なせてしまったことも、本来なら、歳も立場も近い自分がするべきことだった。
 状況がそうではなかったとはいえ、迂闊だったと思う。

 だから、せめて後始末くらいは自分がするべきではあったのだ。任されたからには、どうにかして相手から甘い蜜をできるだけ多く啜るべきで。

「今が選挙戦中で良かったな。銃取引程度のニュースは、テレビにも出ない」

「日経に載ってたぞ。扱いは小さかったけどな」

 反論したのは戸山だった。
 そもそも日経新聞を読んでいること自体が驚愕の事実で、貴文も七瀬もぎょっとして戸山を見つめてしまった。
 何だよ、と戸山は憮然として返す。

「日経くらい、事務所にあるじゃねぇか。近江、さてはお前、買うだけ買って読んでねぇだろ」

「悪かったな。最近新聞なんか読んでる暇ねぇんだよ」

 確かに、警察沙汰にしたことだし、組長が撃たれているのだから、メディアで報じられるかどうかは重要な確認事項で、貴文も主要メディアには目を光らせていたのだが。日経は盲点だった。

「まぁ、でも、会社の営業には何も問題ないらしいな。
 株式公開してねぇから株価に反映されないし、一般社員には知られてすらいねぇんじゃねぇの?
 本社も倉庫も、実に平和だった」

「だった、って……。直接乗り込んだの?」

「転職活動装ってな。受付のネェちゃんはなかなか好みだったぜ」

 ちょっと期待していなかった行動力に、七瀬はびっくりして戸山を見つめてしまう。視線を受けて、戸山はにっと笑った。

「役に立つだろ?」

「本当に」

 こくり、と七瀬は素直に頷いた。

 一方、貴文はといえば。一体いつの間にそんなことをしていたのか、とこれまた驚いて戸山を見つめていた。

「仁。お前、それ、抜け駆けって言わないか?」

「わりぃ。
 ってか、昨日思いついてそのまま行ったからな。相談している時間がなかった。
 タウンワークに募集載ってたんだよ。で、今日良いかっ?てねじ込んでさ。
 どうせこの方法じゃ、一人で行くしかねぇだろ? 事後報告でいいやと思ってさ」

 それはまぁ、確かに、貴文も思いつきもしなかったし、言っていることはおかしくないので、渋々頷くしかなかった。楽しそうに戸山に笑われて、さらに憮然としてしまったが。

 それはともかく、その企業への報復の件だ。

「俺にまったく任せていいのか?」

「うん、任せる。勉強も兼ねて、若いのにさせなよ。
 貴文とか戸山さんがその立場で動くような相手では無いだろ。うちの利益防衛は成功してるし、腹は痛んでない。
 そういう意味では、辰巳組サンの方こそ報復に乗り出してくる可能性もあるから、そうしたら譲ってやって。向こうにこそ、権利がある」

「あいよ」

 こんな時でさえ、七瀬の指示には無理が無い。貴文はその指示に軽く頷くだけだった。基本的に組の利益最優先なのだから、当然のことなのだろう。

 もっと無理を言っても良いのに、と貴文は思う。例えば、辰巳組に譲るにしても利益は取れ、とか。
 もちろん、貴文はそのつもりだ。





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