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 大聖寺を引き連れて現れた七瀬を、東老人は自ら出迎えた。
 大きく手を広げ、良く来たと日本語で話しかける歓待ぶりだ。
 居合わせた神龍会の人間は、驚愕に目を見開いている。

 場所は、中華街でも上位に位置する有名なレストランの、最も奥まった個室。
 調度品を見ても、VIPルームであることは疑う余地が無い。

 案内してきた給仕係が一礼して去ると、大聖寺は扉脇に立ち、七瀬は東老人に勧められた椅子の横に立った。

「初めてお目にかかります。大倉組若頭、大倉七瀬と申します。この度は突然な申し出にも関わらず面会の機会を戴き、感謝致します」

 物腰も柔らかく礼を述べ、七瀬は深々と頭を下げた。下げた頭の向こうで、七瀬の言葉を翻訳してくれた東老人の言葉を受け、なにやらごそごそと相談事をしている様子だ。

 相談事が終わった頃を見計らって顔を上げ、席につく。正面にいるのが、神龍会横浜支部長の黄だった。

 六人掛けの円卓に、向こうは三人、こちらは一人。七瀬の右隣には東老人が座し、本当に通訳に徹してくれるらしい。

 七瀬が座るのを待って、黄が話しかけてきた。訳してもらうために東老人の顔に目をやれば、何やら困った表情で。

「東師父。構いません。そのまま訳していただけますか?」

「……男娼と交渉する卓はない、と言うておる」

 そう、苦虫を噛み潰した表情で言って、東老人は黄に広東語で話し出した。おそらく、自分が可愛がっている七瀬を貶すなら、この街での立場がどうなるか、とか、そんなことを言っているのだろう。

 まぁ、相手が自分をどう見ているかなど、七瀬にとっては先刻承知のことで、今更どうという事も無いのだが。

「東師父。お気遣い無用です。本当のことですから」

「七瀬、しかし……? 何か企んでおるか?」

 にこり、と笑っているのがさすがに腑に落ちないらしい。七瀬とは長い付き合いの彼である。表情から七瀬の思惑を探るくらいのことは出来るらしい。

 ただし、今回に限っては、七瀬にも何の策も無い。当たって砕けても未練は無い、と覚悟を決めている程度だった。考えていることといえば、この場にいる大聖寺をどうやって逃がすか、というくらいだ。

「いいえ、まったく。ただ、師父に庇っていただくと、私は本当にただの男娼に成り下がってしまいますよ」

「……そうか。そうだな、それは困る」

 七瀬を夜伽の供になど使ったことの無い東老人は、将来有望な青年を男娼としての目で見たことは無く、しきりに、中国人だったら後継者にしたかった、と言っているくらいには、七瀬の能力を高く評価している。

 だからこそ、男娼風情が、と罵られたのが我慢ならなかった。自分の孫を貶された感覚なのだ。そこまで思ってもらえることに、七瀬は実に嬉しそうな表情を見せた。

「東師父。続きを訳していただいても?」

「うむ」

 東老人の了解を得て、七瀬は再び黄に向き直った。そして、苦笑を一つ。

「師父象孫子一樣地疼愛我。挑釁的話對□不有好處(師父は私を孫のように可愛がってくださいます。挑発なさっても御身のためになりませんよ)」
※□には「あなた」という意味の文字が入りますが、Shift-JISにない文字なので表示できません。ウォーアイニー(あなたを愛してる)のニーの字なんですが・・・

 発音も文法もいまひとつ頼りないものの、どうやら片言の中国語としては上出来だったらしい。中国語を解する全員の視線を一身に浴び、七瀬はにこりと微笑んだ。

「私の中国語は伝わったようですね。良かった」

「……七瀬。中国語が?」

「いえ。先ほどの一文だけ、覚えてきました。きっと使えるだろうと思って。役に立って良かった」

 それはつまり、七瀬を蔑視する言葉を新龍会側が口にし、それに対して東老人が何らかの抗議を行うような、今の状況を想定していたということだ。

 今の一言が、七瀬を見る目を変えた。この男は侮れない、そう判断してもらえれば、作戦としては大成功。はたして、目論見通りになった。

 七瀬は、相手の変化など気にも留めず、言葉を続ける。

「まずは、そちら様の大切な同志の方を警察の手に渡してしまったこと、お詫び申し上げます。こちらの不手際でした」

「自ら捕らえたかったと?」

「いいえ。買い手に関しましては、我々も我が身が可愛いですから、なんとしても捕らえますが、売り手には興味もございません。地元のチンピラどもに渡すと危険な物を、流通前に防ぐことこそが目的です。そちら様の商売まで邪魔するつもりはありません。対価はお受け取りでしたでしょう?」

 売り手に損をさせるつもりは本当になかったらしい。帰ってきた二人も、命からがら逃げてきた、というよりは、故意に逃がされたと考えた方が良いのだろう。





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