1




 薄暗い部屋にうごめく二つの影があった。

 古い建築様式で建てられた純和風の屋敷で、障子を隔てた向こうには長い縁側が続き、視線をまっすぐ前に向けた先のガラス戸からは、良く手入れされた庭が臨める。
 常にかすかな水音が聞こえるのは、庭の池に注ぐ人工の清流を流れるせせらぎの音であるらしい。

 一人は、筋骨隆々と逞しい体躯の男で、畳に片膝を突いて跪いている。
 まるで女王様か何かのように、男の両手に片足を捧げ持たれているのは、男に比べれば随分と華奢な身体つきの青年だった。
 片足を持ち上げられてはバランスが悪いのか、男の頭に片手を乗せていた。

 少し冷めた目つきで見下ろしてくる青年を見上げていた男は、手に持っていた青年の足の先に恭しく口付けた。
 ねっとりとした舌使いで丁寧に舐め上げ、口に含んで吸い上げる。

「……ん」

 快感を覚えたのか、青年の口から艶かしい声がかすかに漏れ聞こえた。

「若。感じておられるのですね」

 五本の指を丹念に清め終えて、足の甲にキスを落とすと、男はまた青年を見上げた。
 返事をしない代わりに、気持ち良さそうに目を細める青年と、目が合う。

「さすが、大聖寺は上手いね」

 くすくす、と笑って、しかし、青年の股間に手を伸ばしてきた男を蹴り返す。

「もう片方も」

「失礼いたしやした」

 持ち上げていた足を下ろして、反対の足をまた恭しく持ち上げる男に、されるがままになる青年の視線は冷やかなままだ。
 時折、気持ち良さそうに表情が変わるだけマシというものだろう。

 両足を清め終え、男はその足も下ろしながら、手をさらに上のふくらはぎへ、そして太腿へ、滑らせていく。
 形の良い尻に手が触れて、あっという間も無くそれを揉みしだいた。

「若。よろしゅうございますか?」

「まだ。こっちも」

 今度こそ、とパンツのファスナーに手を伸ばす男を、青年は額に手を当てて押し返した。当然のように、そのまま手を差し出す。
 手の甲にキスを受けて、青年はようやくそこに腰を下ろした。敷布団だけを伸べたその上に。

 青年は、この屋敷の主の一人息子だった。
 七瀬、というその名は、元々カタギの人間であった今は亡き母が、どうしてもこれにしたいと譲らずに付けてくれた名で、本人もいたく気に入っている。

 七瀬の名は、七つの海を股にかけるような懐の広い男になるように、との意味がこめられているらしい。
 子供の頃は女のようだとからかわれたものだが、その当時から名前を嫌ったことなど一度としてないのは、その字面にこめられた意味を良く知っていたおかげだろう。

 七瀬は、姓を大倉という。
 関東双勇会系暴力団の中でも上位に列する大倉組の四代目、大倉瀬尾の長男であり、将来は跡目を継いで五代目を襲名ことが定められている立場だった。
 現在、若頭としてその若さと華奢な外見からは想像のつかない辣腕を振るっている。

 本人は、見た目どおり力もさしてなく、常に取り巻きに守られている身の上だ。
 だが、その取り巻きたちに命すらかけさせることができるのは、参謀としての優秀なその頭脳もさることながら、彼の裏の顔にこそ理由があった。

 七瀬の裏の呼び名は『姫』。 たくさんの騎士に守られて、その労を身体で労ってくれる存在だった。
 主だった取り巻きたちで七瀬の裸体を一度も見たことの無いものなど、皆無に違いない。

 両手両足をくまなく愛撫され、そっと布団に押し倒されて、七瀬はようやく抵抗をやめて従った。
 身体に比例して小ぶりな性器を口に含まれ、目を細める。

「若。今日はどうされたのです?」

「何が?」

「イライラしておいでのようですから」

 確かに、育ちのせいか生まれつきか、人に服従を求める性格だし、こうした関係を持つときなど女王様気質が顕著に現れることも否定は出来ない。
 だが、今日はいつもに増して拍車がかかっている、と大聖寺は思う。

「教育係は相変わらず五月蝿い」

 やらせてやらないよ、と拗ねる七瀬に、大聖寺は苦笑で返し、再び熱を帯びた愛しい物体を口にした。

 七瀬の幼少時代は教育係を務めていたこともあり、大聖寺はすでに四十代も後半に入った歳だ。
 主家の若君とはいえ、基本的に世襲制ではない今のヤクザ稼業で、二十三歳の若造にこんなに傅く立場ではない。
 本来ならば、だ。

 だが、七瀬は特別だった。
 七瀬を立派に育て上げた功績と、本来の業務実績を公正に認められ、今や舎弟頭の地位についている大聖寺にとって、七瀬には自分を現在の地位へと導いてくれた恩すらある。
 歳の離れた兄のように付きっ切りで育てた七瀬は、弟のようにもわが子のようにも思え、まさしく目に入れても痛くないほどの存在なのだ。
 全身くまなく舐めあげろ、と命じられても、嬉々として従うに違いなかった。

 七瀬が自らの身体を男の目前へと差し出すには、当然それなりの理由がある。
 ヤクザ稼業に生まれついておきながら、母に似てしまったのか身体つきは吹けば飛びそうな弱々しさで、いくら鍛えてもあまりつかない筋肉のせいで喧嘩もからきしダメだった。
 そんな立場と実力のギャップを埋めるために選んだのが、周りをトリコにする、という手段だったわけだ。

 そうはいっても、男が自ら屈辱的な立場に甘んじるには余程の事情が必要だと思われるのだが。
 他人にそんな内情を問い詰められると、七瀬は頑なに口を閉ざしていた。答えるとしても、「まぁ良いじゃないの、昔のことは」と誤魔化すくらいが関の山。
 取り巻きたちの間では、七瀬の唯一最大の謎として憶測が飛び交っていた。

「ねぇ。後ろも舐めてよ」

 五月蝿いと窘められてから、黙々と七瀬の快感を引き出すためだけに奉仕していた大聖寺に、七瀬は更なる要求を口にした。
 命じられて、仰向けの状態の七瀬をうつ伏せると、尻の割れ目に舌を這わせる。

 そこは、これまでたくさんの男たちの欲望を受け止めてきた、そしてこれからも受け入れることになるであろう、大切な場所。直近では、自分がお世話になる場所でもある。

 大聖寺は、それはもう念入りに舐め解いた。
 ジェルを指に取り、人肌に暖めるなどの準備も忘れない。
 冷たいままのジェルをそのまま塗りなどしたら、怒ってそれ以上させてもらえないばかりか、しばらく口を利くことすら許してもらえなくなるのは、一度経験すれば十分だろう。

 幼い頃から付き合っているおかげか、七瀬は大聖寺を信頼しているらしく、そこに差し入れる指は何の抵抗も無く飲み込まれていった。





[ 1/69 ]

[*prev] [next#]

[mokuji]

[しおりを挟む]


戻る



Copyright(C) 2004-2017 KYMDREAM All Rights Reserved
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -