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病院の玄関脇で、彼は待っていた。
近江貴文、二十五歳。現在猛省中。
いくら場慣れしていないとはいえ、七瀬を守れない、一時連携体制をとった隣の組の組長に大怪我を負わせる、挙句の果てにパニックしてしまった。
あそこに戸山がいなかったら、今頃どうなっていたことやら、だ。
つい最近までカタギだった友人の方が、余程肝が据わっている。
なので、今は大反省中なのだ。
次があるなら、その時こそ名誉挽回といきたいところだった。七瀬に見捨てられたくは無い。
病院から出てきた七瀬は、どうやら泣いたらしい。目が真っ赤になっていた。
まぁ、あれだけ錯乱してしまった相手が意識不明の重体なのだ。仕方が無いとは思う。
「七瀬」
「あぁ、貴文。待たせた?」
すでに涙は消えていて、七瀬は無理やり笑みを見せる。
それが痛々しくて見ていられない。
視線をはずすかわりに、離れたところで待たせている車の方を見やった。
「向こうで待たせてある。行こう」
頷いてついてくる七瀬に意識を向けながら、貴文は先に立って歩き出した。
紺のBMWの運転席で、待っていたのは戸山だった。
七瀬の泣き腫らした目にぎょっとしてしまう。
貴文にも驚かれたのはわかっている七瀬は、軽く肩をすくめた。
「そんなに酷い?」
「あぁ、酷い。その顔で人前に出ない方が良いぞ」
戸山にまでそんな風に言われて、貴文にも頷かれて、七瀬は少し膨れて見せた。
それから、仕方がなさそうにため息をつく。
「本家に」
「了解」
行き先を告げられて、戸山は短く答え、ゆっくりと車を発進させた。
貴文と並んで座って、車窓を流れていく景色を見ながら、七瀬はやるせなさそうに息を吐き出す。
状況は芳しくない。
銃の取引自体は邪魔できたものの、横浜中華街を根城にしている中国マフィアに狙われる立場になってしまった。
外からはまだチンピラ扱いされている貴文やつい最近までカタギだった戸山なら、その顔を知られている可能性は極めて低い。
ましてや、一緒にいたのは七瀬や晃歳といった大幹部だ。
小物は泳がせて大物を釣り上げようと考えるのは、ごく自然な成り行きだ。七瀬ならそうする。
だからこそ、七瀬には組長命令で外出禁止令が下っていた。
出かけるなら、貴文か大聖寺と行動を共にすること、とのお達しだ。
当然、夜の仕事も一時中止となった。
自分が動けないなら、貴文に仕事を任せるのは仕方が無いが、そうすると自分は散歩にすら出られない。
自業自得とはいえ、窮屈だ。
大体、家の中にこもっても何も解決しないのだ。
何とかして、マフィアの目をそらす方法を探らなければならない。
ほとぼりが冷めるまで何年も隠れている余裕など無いのだから。
「こっちから打って出るしかないかなぁ」
「……七瀬。しばらく大人しくしてろって組長命令だろ?」
思わず口に出してボヤいた言葉を、貴文は聞き逃してはくれなかった。
呆れた声で突っ込んで、首を振る。
「でも、直接対決するなら、早い方が良いよ。遅くなればなるほど、相手に舐められる」
「大体、直接って、相手は誰だよ」
「神龍会横浜支部長、黄崇峻」
「いきなりトップかぁ?」
「下っ端相手にしてどうするのよ。やるならトップ会談でしょ」
もちろん、と七瀬が胸を張るのに、貴文はがっくりと肩を落とす。そして、ため息が一つ。
「まぁ、七瀬がその気なら、俺は全力で守るだけだけどな」
「ダメ」
それこそ、命を懸けるのも厭わない勢いの貴文に、七瀬は即座に拒否の返事をした。
悲しそうに首を振り、貴文を見つめる。
「俺を守るために命張る奴は、側に置かないよ」
「七瀬。お前、自分の命が狙われてんの、自覚してるか?」
「してる。
だから、いざとなったら俺を盾にしてでも自分は助かるつもりの奴でなくちゃ、守らせないよ。
こんな思いは二度としたくない」
「ついでに、若頭って立場も自覚してくれ。
見殺しに出来るわきゃねぇだろ。俺だって、目の前で七瀬が死ぬところなんざ、見たかねぇ」
お前も参ってるだろうが、俺だって今回はだいぶ参ってるんだ、と言い募り、ねめつけるように七瀬を見つめる。
おかげで、睨みあってしまった。
運転席の戸山は、そんな二人の会話を我関せずとばかりに面白そうに聞いていた。
おそらく、一番動じていないのが彼だ。
「お前ら、面白い押し問答してるよな。それだけ仲が良いんだ。二人で協力して、二人とも生きて帰って来りゃ良いじゃねぇか」
「……簡単に言うなよ、仁」
「簡単だろう? 命を捨てなきゃ、簡単には死なねぇよ」
それは本来、死地を乗り切った人間こそが言うべき台詞だろうに。
戸山は実に楽しそうに笑って、当然のように言ってのけた。
「……頼もしいお言葉」
「ふん。嫌味言ってても何にもならねぇぞ」
軽く鼻であしらって、戸山は車を本家前に停めた。いつのまにか着いていたらしい。
「車置いて来るから、先に入ってな」
「あ、ごめん。貴文と、頼まれごとして。昨夜の取引の一方、正体が割れたから。背後関係を調べといて欲しい」
「そりゃ、サツの仕事じゃねぇか?」
「銃問題って国際問題がほとんどでね。サツに任せて進展したためしが無い。
任せておけないよ。臭いは元から断たなきゃ、ってね」
「手が出せる範囲なのか?」
「それを、見極めたいんだよ」
じゃ、よろしくね。そう言って、七瀬は一人で車を降りる。
途端に本家詰めの組員に周囲を固められて、邸内に入っていく七瀬を見送り、車はまたゆっくりと走り出した。
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