26
晃歳の肩を貫通した弾丸は、骨も大血管もうまくそれてくれたらしい。
パトカーで警察病院に運ばれた晃歳は、翌日には意識を取り戻していた。
丁度、事情聴取の帰りに見舞いに来ていた七瀬は、目を覚ました晃歳にぱっと表情を明るくし、それから目に涙を浮かべた。
「気がついた? 良かった……」
「……病院?」
白い壁、白い天井、白いパイプベッド。そして、花の匂い。
どう見ても病院以外の何物でもない光景に、確かめるように晃歳は声をかけた相手に聞き返す。
それはどうやら、相手を認識していなかったらしい。七瀬の顔を見て、今更ながらに驚いていた。
「撃たれ所が良かったんだって。傷が塞がったら退院できるらしいよ」
良かったね、と笑う七瀬に、晃歳はつられて笑って頷いた。直後、首を傾げるのだが。
「何で七瀬がここに? ……ってか、ここはどこの病院だ? うちの奴らは?」
落ち着いているように見えて、困惑しなかったわけではなかったらしい。
矢継ぎ早の質問に、七瀬はきょとんと目を丸くして、それから面白そうに笑い出した。
「一度にそんなに聞かれてもねぇ」
「……それは俺の台詞」
「真似してみました」
わかっていて真似をしたらしい。くすくすと楽しそうで、晃歳は一緒に笑わされた。
それで、気持ちが落ち着くのが不思議だ。
肩の傷がそれほど痛くないのは、きっと麻酔が効いているのだろう。
ならば、できるだけ安静にしているべきだった。運が良かったとはいえ、重傷には違いないのだから。
「お医者さんを呼ぶね」
ちょっと失礼、と声をかけて、晃歳の頭の上に手を伸ばす。
ナースコールのボタンを押したらしい。そこのスピーカーから、どうしました?と返事が来た。
「患者の目が覚めたみたいです」
『お待ちください』
途端、向こうが慌しくなったのが聞こえた。ついで、音が途切れる。マイクのスイッチを切ったのだろう。
七瀬は改めて見舞い客用の丸椅子に腰を下ろした。
どうやら、一人部屋らしい。多少狭いが、テレビも冷蔵庫もある。
「ここは、警察病院だよ。だから、おたくの舎弟さんは、ここにはいない。
あの時、うっかり中国マフィア側の一人、捕まえちゃったからね。
晃歳さん、顔が割れてるでしょ? 捜されてる。
落ち着くまで、ここで大人しくしていて」
「それは、七瀬も同じじゃないか」
「ん。俺なら大丈夫。頼もしいボディーガードがうじゃうじゃいるから」
ふふっと笑って茶化したような返事だが、きっと事実なのだろう。そうか、と晃歳は納得して頷いた。
こんな時、七瀬が姫で良かったと思う。
全員が全員、身体を張って守ってくれるとは思えないが、事実は知らせずに取り巻きを侍らせておけば、下手な手を出されることも無い。
それに、七瀬が親友だと紹介したあの人物は、大倉組では期待大の幹部の一人だ。彼に任せておけば大丈夫だろう。
「気をつけろよ。俺はここにいる限り手は出されないだろうが、七瀬は外にいるんだし。俺が守れればなぁ」
「ダメ。もう、こんな思いは二度としたくないよ」
「こんな思い?」
「大事な人が、自分を守って死んじゃうかもしれない、なんて。絶対にもうイヤ」
その時のことを思い出してしまったのだろう。泣きそうな表情になってしまった。
晃歳はといえば、七瀬の口走った一言に驚いていたようだが。
「お願いだから、もう俺のために命かけたりしないで。貴方に、死なれたくないよ」
「……大事な人?」
「うん。大事な友達」
大事な、というから、好きだと言ってくれるのかと思ったが。友達の『大事』だったらしい。少しがっかりする。
「俺は、七瀬が好きだからね。約束は出来ない。好きだから、命を懸けて守りたいと思う」
「好きな人を泣かせても?」
「俺のために泣いてくれるのなら本望だけど?」
「バカ。イヤだよ、そんなの。一緒に生きてくれる人じゃなきゃ、好きになんてならないんだから」
本当に泣き出してしまう七瀬に晃歳は焦ってしまったが。
そうして泣いてくれるのが、やはり嬉しくもあって、複雑な心境だった。
そうこうしているうちに、ノックの音がして、白衣の男が看護師を連れて入ってきた。
七瀬が慌てて涙を拭うのに不思議そうな顔をしたが、特にそちらには声をかけず、晃歳に話しかけてくる。
「担当の真鍋です。ちょっと診察させてくださいね」
「じゃあ、俺は帰ります。またお見舞いに来ますね。お大事に」
まったく他人行儀な態度は、晃歳と七瀬の関係を考慮したためだろう。
一礼して退室していくのを、晃歳は無言で見送った。
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