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 急に、物陰に固まっている彼らに、一瞬強い光が当たった。
 車のヘッドライトのようだった。
 再び光が向けられてこないということはどうやら気付かれてはいないらしい。

「主役のご到着だ」

 今まで杖代わりにして寄りかかっていた木刀を持ち上げ、肩に担いで、戸山が言う。
 剣道の心得のある貴文が携えているのは白鞘の太刀だった。
 元がカタギのうまれなので、ちゃんとした協会所属の道場でそれなりの段位を持っていた。ヤクザの我流でないところが強みだ。

「あれ? 七瀬の得物は?」

 自分もこの一行に同道する気でいっぱいの晃歳は、懐から短い刀を抜きつつ、七瀬に問いかける。
 そういえば、丸腰に見えるのだ。
 こんな危険な場所にいる割りに、随分と軽装だった。

 立ってしまうと一人だけ背の低い七瀬は、上目遣いに晃歳を見上げ、上着を広げて見せる。
 脇の下にぶら下げてあるのはリボルバー式の銃で。

「……ここ、火気厳禁」

「わかってる。撃つ気は無いよ」

 答えながら、しかし、きちんと弾数を確認し、撃鉄を起こす。
 いざとなればためらわないつもりなのだろう。

 確かに、銃相手に剣で威嚇するよりは、効果はありそうだが。

「ほら。この体格でしょう? 護身術は身につけてあるけど、武器を持っても振り回されるだけだし。この方がお手軽なんだ。結構上手いよ?」

 もちろん、こんな場所で、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、の論法でやられては困るわけで。
 えへへ、と子供っぽく笑う七瀬に、他の三人は揃ってため息をついた。

 黒のセルシオが、石油タンクに囲まれた広場に停車してしばらくして。

 彼らがいる場所とは反対の方から、人の影が三人分、車に近づいて行くのが見えた。

 こちらはタンクの北側で、丁度影になる場所なので見つかり難いが、向こうは月明かりに照らされて、顔まではっきりと見えた。

 それは、知っている顔だった。

「……神龍会か」

「中国マフィア……」

 実に相手が悪かった。こちらは、地元でこそ顔が利く暴力団幹部だが、世界から見れば間違いなく無名の存在だ。
 それに比べて、相手は国際的な組織力を持つ香港系中国マフィア。レベルが違うのだ。

「どうする? まともに相手をするのは分が悪い」

「かといって、見逃せないでしょ?」

 結論を出したのは、この中では一番危険な立場にある七瀬だった。
 勇気があるのか無謀なのか、いざという時に身体を張るのが上役の仕事だからねぇ、などと事ある毎に口癖のように言っていた七瀬は、どうやら本気でそれを実践するつもりらしい。

 ついておいで、と声をかけて、先陣切って駆け出した七瀬に、他の三人も次々に従って行った。

 取引現場は、辛うじてタンクの影になっていた。
 とはいえ、すぐ先には月の光が差し込んでいて明るく、影の側はその意識に止まっていないようだ。
 双方とも、七瀬たちの姿に気付くことなく、それぞれの仕事に集中している。

 七瀬には、気配を殺す特技もあったらしい。
 ゴム底のスニーカーで足音を殺し、あっという間に一方の背後に忍び寄った。

 七瀬が選んだのは、中国マフィアの方だった。
 こめかみに銃口を突きつけ、耳元に囁く。

「はい、そこまで」

 確かに男の声だが、妙な色気のある声で、しかも何の前触れも無い。
 場慣れしているはずの中国系の男は、その場で固まり、両手を挙げた。
 札束の詰まったスーツケースがガタンと音を立てた。

 一歩遅れて、取引相手の方に刀を突きつけたのは、晃歳だった。

「悪いんだけどね。そういうオイタは他所でやってくんないかね?」

 さすがにこんな状況は覚悟していなかったらしい。
 サラリーマンたちの慌てようは、肝が据わっている人間ならば絶対にやらないような、危険極まりない行為だった。

 なんと、手にしたばかりの銃を振り回して、逃げようとしたのだ。
 生粋の中国人らしい男は咄嗟にしゃがんで、危険、という意味らしい言葉を繰り返す。七瀬も引きずられてしゃがみこみ。

「うわぁ〜!!」

「危ないっ!」

 男の喚き声と、知っている声がかぶった。

 パーン!

 まるで、ゴム風船を割ったような、至極軽い音だった。

 すべては映画のワンシーンのようで、現実感はかけらもなかった。

 居合わせた全員が、瞬間、放心状態に陥っていた。

 真っ先に正気を取り戻したのは、きっとこんな状況にも慣れているのだろう中国人だったが、七瀬に銃を突きつけられたままで動くに動けず、次に動けたのは、まだ離れた場所にいた貴文だった。
 七瀬が人質を取った時点で逃げ出していた二人の中国人には目もくれず、車から降りたところで立ちすくんでいたカタギらしい男たちを、次々にその手に持っていた白鞘の木製の柄で殴り倒す。

 そちらは任せておいて良さそうだと判断し、戸山は七瀬に近づいた。
 七瀬に銃口を向けられて動けない男に縄を掛ける。

「大倉。……大倉! 七瀬っ!!」

「え? え、あ……あ……? 晃歳さん? ……晃歳さんっ!?」

 唯一倒れて動けない晃歳の左肩は血で濡れていた。
 駆け寄っていって抱き起こすが、すっかり気を失った晃歳は、血の気も無くぐったりしていた。

「晃歳さんっ! 晃歳っ!! いやぁ……っ!」

 こんなに錯乱した七瀬は、貴文でさえ、はじめて見た。
 呆けてる場合か、と戸山に叱られて、貴文は目の前で失神するオヤジ共を放り、七瀬に駆け寄る。
 戸山も、縛って動けなくした中国人は捨て置いて、急いでやってくる。

「救急車……」

「パトカーの方が早ぇよ。来てんだろ?」

「そうか」

 いくらヤクザが本業とはいえ、荒事より事務仕事の方が向いている貴文だ。銃などは撃ったことも無いし、修羅場にも慣れていない。
 その点、何故か戸山の方が冷静だった。こんな所で実感するのもおかしな話だが、貴文の相棒には最適な人選だったようだ。

 銃の怪我の応急処置など知るはずも無いが、止血方法はどんな傷でも同じだろう。
 戸山が使い物にならない七瀬を押しのけて手当てを始めるのを見て、貴文はトランシーバーのスイッチを押す。

「ああ、俺だ。そこにサツは来てるか?
 ……バカヤロウ。大人しくしてろって言っといただろうが。
 さっさと入れろ。重傷人が出てんだ、急がせろ。いいな!」

 お前まで浮き足立ってどうすんだよ、と突っ込む戸山の声を聞きながら、貴文は改めて、晃歳に縋りつく七瀬を見つめた。

 辰巳組組長と大倉組若頭にどんな関係があるのかは知らないが。
 カタギの企業と中国マフィアの銃取引、居合わせた辰巳組と大倉組のトップ、そして、晃歳は意識不明の重体。

 とんでもない夜は、まだ明けそうにもなかった。





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