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それにしても、いつの間にそんなに仲良くなってたんだ?と、貴文は隣の親友に呆れたような声で訊ねた。
すぐ隣にいる七瀬にかろうじて声が届く程度の小声だ。
それは、巨大コンビナートの一角。石油の詰まったタンクの物陰だった。
この時ほど、姫の仕事が役に立ったことは、いまだかつてなかったはずだ。
ここは、関係者以外立ち入り禁止。しかも火気厳禁なのだ。
ヤクザの身分で足を踏み入れる機会など、今回を逃せば一生ないに違いない。
七瀬の常連客の一人に、この施設の最高責任者がいた。そのおかげだった。
だが、貴文の言う、いつの間に、の相手は、その常連客のことでは無い。今日この時間にこの場所で取引があると情報を流してくれた相手のことだった。
横内晃歳。辰巳組組長の地位にいる、隣接するヤクザの別組のトップだ。
「大倉の交友関係って、広いな」
「そりゃ、姫だしね」
結局、一週間経たないうちに無職になり、あっという間に暴力団構成員の肩書きを手に入れた戸山が、今更な感想を述べ、その言葉に七瀬も律儀に返していた。
貴文だけが、呆れて頭を押さえていた。頭痛でもしてきたか。
「警察に連絡は?」
「してあるよ。そろそろ来る頃でしょ」
「サイレン鳴らして来たりしてな」
「うわ、間抜け〜」
茶化す戸山に七瀬も素直に受けて。
あんな過去がありながら、仲が良いのは結構なことだが、時と場所を考えて欲しい、と貴文は実に強く思う。
ここにいるのは、三人だった。
他の組員にはこのコンビナートの敷地の外で待機させている。
三人入らせてもらっただけでも無理を言ったのだ。解放してもらうわけにはいかないだろう。
そのうち、ごついトランシーバーから、ジジッと雑音が聞こえた。
『兄貴。妙な奴らが敷地内に入って行きますぜ。黒のセルシオです』
「わかった。そのまま張ってろ」
受け答えて、貴文は相手の了解の返事を待ち、七瀬を見やる。
「もう一組いると思うんだけど」
「だな。一方だけじゃ取引にはならねぇ」
何にせよ、事が起こるまではその場で待機だ。
主役の登場まで、まだ時間があるらしい。
「それにしても、やっぱりっていうか、カタギかぁ」
「普通のサラリーマンがチャカの闇取引とは、世も末だな」
「ヤクザでさえ、最近は数も減ってるってのに」
「銃なんて売っても、儲けになんないもん。自分らの分だけ用意すれば良いんだよ。護身用にね」
同じヤクザでも、経営側に立つ七瀬は言うことが違う。
ヤクザの仕事は結局のところ、どう儲けるかが重要なのだ。稼ぎの少ない商品は、一般的に敬遠される。
確かに、違法物品の売買はヤクザの仕事だが、転じてヤクザの仕事が違法物品の売買かというと、それは違う。
元々、ヤクザの仕事は、縄張りの元締め、争いごとの仲裁、その他諸々の、人々がやりたがらないキツい仕事などが主だった。
このうちの、争いごとの仲裁には、裁判所制度等が取って代わったが、その他はいまだにヤクザ者の領分だ。
そもそも、ヤクザ者というのは、社会からはじき出された爪弾き者だ。
それが地域ごとに集まり、リーダーとなるものが現れて組織立ったのが、暴力団である。
つまり、それはそれで、社会になくてはならない存在だろうと、七瀬は考えている。
こんな暴力団という組織でも、他に行くところの無い気性の激しい爪弾き者の受け皿になっているのだ。
無秩序に個々が好き勝手にやっていたら、取り締まる方も大変だろう。
まぁ、だからこそ、政府も暴力団を積極的に解体しようとはしないのだろうが。
ヤクザ者でさえ、暴力団は必要悪だと自覚しているのに、この世の中は一体どうしてしまったのか。
最近では、ヤクザの仕事にカタギの人間が多数入り込んできている。そんな印象を受けるのだ。
「そもそも、カタギのシノグもんじゃねぇだろ。チャカなんて」
「それだけ国際化してるって事だろ。今時、丸腰で無事に裏路地歩ける国なんて、日本くらいだ」
「……飛行機には持ち込めないぞ」
「……だった」
素でボケた戸山に、貴文は冷静に突っ込み、七瀬は面白そうに笑った。
敵さえいなければ、実に平和な三人組である。
と、笑っている七瀬の上に影が出来た。
「何笑ってるの? 楽しそうだね」
聞き慣れない声に、貴文と戸山はとっさに身構え、七瀬は驚いた表情で振り返った。
「横内さんっ!?」
それは、この取引日時と場所を割り出してくれた、隣の組の組長だった。
戸山は初めてだが、貴文は顔くらいは知っていて、ペコリと頭を下げた。
「どうして、っていうか、どうやって来たんです?
……って、それよりまさか、一人ですか?」
「……一度にそんなに聞かれてもなぁ」
そもそも、七瀬がこんなに驚くこと自体が珍しいのだが、その認識があるのは貴文だけで。晃歳は苦笑して返す。
「外までは、舎弟連れて来てるよ。それに、ここの所長、俺も知り合い」
「カタギの知り合い、多いですね」
「貴方もね」
も、ということは、ここに七瀬が入れた理由も把握しているのだろう。本当に侮れない人だと、七瀬は今更ながらに思う。
「貴文。外で辰巳組さんとやり合わないように言っといて」
それは、今は他の事で労力を取られている場合ではない、との判断だ。
そもそも、トップ同士は何の相談も無く共同戦線を敷く構えなのだ。
貴文も同じ事を考えたらしく、トランシーバー片手に振り返った。じゃあよろしく、と言っているところを見ると、もう連絡済だったようだ。
有能な人材が側にいるんだね、と晃歳が感心するので、七瀬は少し嬉しくなる。
「親友なんです」
「身内に友人がいるなんて、羨ましいな」
「晃歳さんは?」
「カタギになら、何人か。あとは、目の前に一人」
「俺?」
「そう。違った?」
「そっか。晃歳さん、友だちだったんだ」
「そうだよ。だから、せっかく名前で呼んでくれるんだし、さん、もやめない?」
「気が向いたら」
「気の長い話だね」
こんなに親しげに話しているのは不自然な間柄だ。
貴文は、その事実にまたも驚いて、目を見開き、二人を見つめてしまった。
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