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はじめは、単なる噂話だった。
いわく、近々この辺でオモチャが手に入るらしい。自分も手に入れたいなら、密売人に取り入らないと。何でも、扇島で取引があるらしい。
最初は気にしなかった七瀬だが、オモチャという言葉と密売という手段が結びつかず、変に気になった。
そんな小さなきっかけから、貴文に、とりあえず気に留めておけ、と命じた矢先、そのオモチャの正体がわかった。
それが、銃の密売の情報だったのだ。
さっそく、取引に関わる双方の調査に乗り出した。
別に、それが大倉組のシマに関わりの無いどこか遠くでの情報だったら、放っておいただろう。
しかし、素人の若者たちにまで実しやかに噂が流れるような情報の漏洩にもほどがある状況や、それでいて主体者が割り出せないことの矛盾。それに、取引場所が扇島というのも困った。
もしその取引が成功して、地元の若者たちが無秩序にそのオモチャを持ち始めたら。
それは、このあたりを締める立場としても、危険極まりない状況に違いない。まして、大倉組は銃と薬の売買は皆無。護身用は多少あるが、丸裸に近い。
ならば、取引を阻止するしかなかった。
以上の理由により、貴文は本格的に首謀者の割り出しに乗り出した。使える手駒はすべて動員し、ネズミ一匹逃がさない体制を整えて。
ところが。
「見つからないわけ?」
「代わり映えの無い取引の噂ならいくらでも。ただ、それを誰が企んでいるのかが、一向に掴めて来ない」
「扇島の取引現場を張るとか」
「扇島ったって広いぞ。半分は、一個の企業が占有してて、手も足も出ねぇ」
ふぅん、と戸山はようやく納得の声を上げた。
「デマ、ってことはねぇの?」
「視野には入れてるけどね。デマならデマで、最初に流した奴を特定しないと、安心できないだろう?」
戸山の挙げる可能性は、今までも何度も浮上しているのだ。
だが、確証に至らない限り、解決にはならない。
「扇島っていう土地も問題なんだよね。うちと辰巳組の丁度間にあって、しかもどちらにも属して無い空白地帯。下手な手が出せないんだ」
「八方塞がりだなぁ」
理解すれば、その難解さも同時に把握できた。はぁ、というため息の数が、一人分増える。
「俺の初仕事はそれか?」
「だな。今はこれにかかりきりだ。事務処理が溜まっててね。こっちの件は仁に任せて、溜めてる書類を片付けたい」
「……てぇか、今こうしてる時間にやりゃあ良かったんじゃねぇ?」
「阿呆。七瀬に拉致られたんだよ。お前のせいだろ」
昔馴染みなおかげもあったのだろう。すでに片腕に対する遠慮のなさで、貴文は軽く戸山を責め、確かにその通りなのでなんとも返せず、戸山はただ笑うだけだった。
丁度その時。
室内に電話のベルが聞こえた。昔懐かしい、黒電話の音だ。
それは、七瀬の携帯電話で、仕事の相手を知らせる音だった。
折りたたまれたその背に小さなディスプレイがあって、相手の名前が表示されているのだが。
「噂をすれば」
謎な言葉をいい残し、七瀬は上半身裸のまま、部屋を出て行った。
残された貴文と戸山は互いに顔を見合わせ、首を傾げあった。
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