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「んで? 貴文は一体何に悩んでるの?」

 ベッドの端に腰掛けて、うつ伏せた戸山の腰に寄りかかり、頭をわしゃわしゃとかき混ぜながら、貴文の方は見ないでそう問いかけた。

 貴文は、座った椅子に凭れて天井を見上げていた。虚ろな目で。

「見つかんねぇんだよ」

「扇島?」

 その一言でわかる話なのだろう。確かめた七瀬に、貴文は深く頷いた。

 それは、川崎の東京湾沿岸に位置する、倉庫や石油コンビナート、工場などが乱立している埋立地の地名だ。
 首都高湾岸線のインターなどもあり、渋滞情報などで良く名がのぼるため、近隣には良く知られた地名である。

「扇島がどうかしたのか?」

 話の見えない戸山は、聞き覚えのある地名に首を傾げ、口を挟む。
 途端に、七瀬に咎めるような視線を向けられてしまった。

「戸山さん。部外者はヤクザの仕事に首突っ込んじゃダメ」

「じゃあ、仲間に入れてくれよ」

 貴文には分別をわきまえた物言いをした戸山だったが、まるで前言を忘れたようにそう言い募った。

 そんな、相手によって使い分けられた態度に、貴文の片腕に、と口走った七瀬の企みを、ようやく理解する貴文である。
 確かに、信頼に足る人柄だ。

「貴文。どう?」

 返事を渋っていたのは、貴文の意見を確かめるためだったらしい。七瀬の片腕と認識されている貴文の相棒候補だ。引き受ける本人の意見は不可欠だった。

「くれるなら、ありがたく貰うよ」

「微妙な答えだね、それ」

「七瀬が判断するべきことだろう?」

「俺の考えはすでに言ってある」

「じゃあ、くれ」

「OK」

 人一人の人生を決めるには、実に簡単なやりとりだったが、どうやらそれで方針が固まったらしい。
 OK、の返事に、戸山も表情が明るくなる。

「改めて、よろしく」

「今の仕事は、辞めるべきだろう?」

 その大事な話を、片方は寝そべって、片方はもう一人に寄りかかったままで、するべきでは無いと思うのだが、と傍観者の立ち位置の貴文は力一杯思うのだ。

 もちろん、本人たちに気にした様子は無い。

「まぁ、近いうちにそうした方が良いとは思うけど。数日中に、ってことはないから、円満退職で宜しく」

「あぁ、わかった」

 これも今更だが、七瀬は上司で雇い主だ。
 戸山のぞんざいな態度はこれまた咎められてしかるべきだが、やはり双方共に気にしてはいなかった。
 まったく、と貴文は呆れたため息をつく。
 この場合、呆れているのは戸山にではなく、それを許してしまう七瀬の方だ。
 ゆくゆくはヤクザの大親分のくせに、威厳が足りない。

 それで?と先を促したのは、戸山だった。

「一体、近江は何に悩んでるんだ?」

「貴文」

「良いだろ、別に。名前が誰を指してるかわからないわけでもないんだし」

 相変わらず苗字で呼ぶ戸山に、呼び直すようにと貴文が言い返すと、こんな反論が返ってきた。
 う、と思わず言葉につまる貴文である。七瀬は楽しそうに笑って、戸山に軍配を上げた。

「戸山さんの勝ち〜」

「良いよ、良いよ。わかったよ。俺が悪かったよ」

 その不貞腐れた返事に、今度は戸山も笑った。

 ごろん、と寝転がり、戸山の疑問に答えるのは、やはり七瀬の役目だ。

「実はねぇ」

 そんな子供っぽい話し方で語りだしたその内容は、口調とは裏腹に実に危険な内容で。
 一言ごとに真剣な表情になっていく戸山を満足そうに眺めながら、事件を小耳に挟んでから現在までの一部始終を、七瀬は語るのだった。





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