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それから、少し不思議そうな顔で、晃歳は七瀬を見つめた。
「良かったのか?」
「ん? 何が?」
最初から敬語を放棄していたのは晃歳だが、それでもしばらくは丁寧な口調をやめなかった七瀬が、突然タメ口をきいている。
そのきっかけもまた不思議なのだが、それよりも。
「七瀬、って呼び捨てて、良かったのか? 今、軽く聞き流された」
「あぁ、なんだ。別に構わないよ。誰にでもそう呼ばせてるし」
「……舎弟も?」
「顔見知り程度のチンピラでも」
何度も確かめるようだが、七瀬の立場は小さいとはとても言えない組の若頭で次期組長。
軽々しく名前を呼び捨てられる立場ではないはずなのだ。
「気安いんだな」
「ふふ。そのかわり、俺に取り入ろうと思うなら、女王様の下僕になれることが絶対条件だよ」
「そんなチンピラにまで抱かれてるのか?」
「仕事がしばらくなくて、セフレも一人もいなくて、俺に傅ける器量があればね」
話が七瀬の身体の話に戻ってしまった。
それだけ、七瀬の反応が晃歳にはショックだったのだろうが。
「恋人は作らないのか?」
「そんな奇特な人が俺を好きになってくれたらね、考えないでもない」
つまり、七瀬のセフレくらいならいくらでもいても、七瀬の恋人に名乗りを挙げる人は今までいなかったのだろう。
「俺が付き合って欲しいって言ったら?」
「本気で?」
「まだわからないけど」
本気で?と聞き返した本人こそが、本気で信じてなどいなくて、晃歳が困って悩むのをくすくすと笑って見ていた。
まるで、言葉遊びを楽しむように、無邪気な笑顔だった。
「でも、考えてみて欲しい。俺と付き合って、姫の仕事を辞める、って」
「辞められたらね。でも、それ以前に、俺と貴方じゃ立場かその関係を許さないでしょ」
「立場なんか、関係ないさ。今は敵対しているわけでもない。うちに嫁に来いよ」
「俺、男だよ?」
「姫なのに?」
「う〜ん」
晃歳の口調は意外にも真剣で、七瀬もいつまでも遊んではいられず、結局困ってしまった。
その困った顔に、晃歳は肩をすくめた。
「返事は急がない。じっくり考えてみてくれないか?」
「本当に、俺に惚れた?」
「惚れかけてる、だな。嫌なら今のうちに振ってくれ。本気で惚れたら、俺はしつこいぞ」
「じゃ、今のうちにお断りします」
「本気で?」
「……どうだろう。わからない」
今まで、人を好きになったことが無く、人に惚れられたことも無い七瀬だ。思ったよりも本気で迫られて、俯いてしまった。
本当にその気がなければ、あっさり切り捨てる七瀬だ。
だが、晃歳の申し出は、理性的には渡りに船だし、生理的にも嫌悪感は欠片も無い。
今この場で素気無く断ることに、躊躇してしまった。
辰巳組組長横内晃歳の嫁という立場は、七瀬には魅力的に写るのだ。
「考えさせて」
「あぁ。次に会う時には、俺も自分の気持ちに結論を出しておくよ」
「出るの?」
「多分、惚れてる。今の一時の気の迷いじゃないと確かめるには、少し時間が必要だ。それだけさ」
そこまで本気なのか、と改めて思い知らされて、七瀬は口をつぐんだ。
こくり、と唾を飲み込む。
「……どうして?」
「男だってところを除けば、俺の好みど真ん中なんだよ。
美人で、気が強くて、人情味があって、さばさばしていて、しかも頭が良い。
話していて飽きないし、価値観がずれてる分新しい発見を出来そう。で、同業者。非の打ち所を思いつかないね」
それが、外見のみの理由だったら、七瀬にもそれを思いとどまらせる口実があったのだが。
たった二回会っただけでも判断できる範囲で気に入ったところを列挙されて、七瀬はそれをまったく否定できなかった。
何しろ、七瀬が自覚している性格をすっかり挙げられて、そこが良いというのだから、口説かれている本人はそれを貶せなかったのだ。
「でも俺、間違っても大人しくは無いよ?」
「言ったろう? 七瀬には、人を傅かせる雰囲気があって、俺もその魅力にくらっと来た位なんだ。それは、欠点にはならないさ」
七瀬が自覚しているうちで最大の欠点をそう受け入れられては、もう、諸手を挙げて降参するしかなく。
「つまり、俺の気持ち次第?」
「つまり、はね。良く考えて欲しい。返事は焦らないよ」
大人の余裕のつもりなのだろう。七瀬に猶予を与えて、にこりと笑って見せた。
七瀬には、困る、以外の反応を思いつけなかった。
グラスの中身を一口舐め、あぁそうそう、とまた晃歳は七瀬に向き直る。
「七瀬の個人の携帯番号、教えてもらって良いかな? 本家に連絡だと、何かと手間だろう?」
どうして?の質問を封じて理由に実家を出され、今の会話の前に仕事の話をしていたことを思い出した。
確かに、緊急の連絡に家の電話は不便だ。
ならば、と二人はそれぞれに愛用の携帯電話を手に取る。
肩を寄せ合い、互いに相手の画面を覗き込む姿は、実に仲が良さそうで、グラスの進み具合を見に来た七瀬気に入りのバーテンダーは、その姿を微笑ましげに見守って、そっとそこを離れて行った。
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