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 すっかりこの店の常連となっている七瀬が手を挙げれば、バーテンダーはすぐに気付いて近づいて来た。

「いつものにして」

「今日は失敗ですか」

「あのオヤジじゃあね」

「七瀬様のご趣味ではありませんね」

 訳知りな様子のバーテンダーが苦笑しながらそう答えて、七瀬の前にある空のグラスを引き取った。
 それから、目の前でシェーカーを振り、新しいカクテルを作ってくれた。

「今日は良いレモンが入りましたので、多めにお入れしました」

 そう言って差し出したのは、どう見てもオレンジ系のカクテルで。

「甘そうですね」

「ファジーネーブル七瀬オリジナルです。七瀬様限定となっております」

「俺が頼んだら?」

「普通のファジーネーブルになりますが、よろしいでしょうか?」

 バーテンダーのからかうような口調は、どうやら七瀬が不機嫌な表情をしているせいらしい。
 七瀬本人の代わりに鬱憤晴らしのネタを提供、というわけだ。

 つまり、このバーテンダーも七瀬のシンパの一人ということになるのだが。

 こんな高級ホテルに入っている店の従業員が組員のはずはもちろんなく、カタギの相手もトリコにする七瀬の顔の広さと人望に脱帽だった。

 ではどうぞごゆっくり、と恭しく頭を下げて、彼は仕事に戻っていった。

「なかなか度胸のある男だね」

「気に入ってるんですよ。腕も良いですし。シェーカーを振る立ち姿が様になる」

 話も上手いし聞き上手。
 きっとバーのカウンターが彼の生まれながらに定められた仕事場だったのだろう。

 人を適所に配置できる七瀬は、人を誉めることにも言葉を惜しまないのだ。これだけベタ誉めも珍しいが。

「しかし、少し無鉄砲すぎないか? 俺が誰だか知らなかったのかも知れないが」

「いいえ。多分、承知していますよ、横内さんのことは。
 この店だって、初めてでは無いでしょう? 人を覚える力はありますからねぇ、あの人は」

 というより、わかっていて七瀬との立場を考えての発言でなければおかしいだろう。
 下手をすると、明日魚の餌になるかもしれないのだ。
 七瀬の連れということは、それなりの権力がある。それは、七瀬がここで何をしているのか知っている口ぶりだったのだから、もちろん承知のはずだ。

「だとしたら、無茶な度胸だろう」

「俺が不機嫌だったから、気を使ってくれたんだと思いますよ」

「好かれてるんだ?」

「俺を嫌う人なんて、余程のへそ曲がりだと思いますが」

 それを自覚しているというのもおかしな話だが、七瀬は自信満々に言ってのけ、くっくっと笑うのだ。

 確かに、七瀬にはファンが多いし、人が気軽に話しかけられる雰囲気を持ち合わせていて、否定するネタが無い。

 咎めるような言葉を並べていた晃歳は、とうとう口実をなくして黙り込んだ。反対に、黙ったからこそ納得できるだけの器量を持ち合わせていることが見て取れて、七瀬の中で好感度は上がっていたりするのだが。

「それにしても、大倉さん。いくらそれが仕事だといっても、高橋は無いと思うんだがね。客、選ばないの?」

「選べないの。そんな権利は俺には無いし、それが組のためなら、仕方が無いと諦めもつく」

「自分の身体だろう?」

「あんまり感じないんですよ。快感も不快感も。誰に抱かれてもみんな一緒。
 ……あ〜。上手い下手はわかりますけどね」

 くすくすっと楽しそうに笑ってはいるが、それは聞いている方にとっては笑い事ではない。
 衝撃の告白に、呆然と七瀬を見つめてしまった晃歳は、その笑顔に屈託がないことにまたびっくりし。

「……それは……、本心で言ってます?」

「えぇ、本心で。こんなことしてますからね。嫌にならないのは良いことですよ」

「……身体は大事にしようよ」

「あはは。ヤクザの台詞じゃないですねぇ」

 本人は、きっと今更なのだろう。身体を心配してくれる晃歳に嬉しそうにしながらも、笑って返す。
 言われていることは七瀬も理解しているのだろう。
 だが、だからといって、その利用価値と天秤にかければ、やめる理由には足りないのだ。

 もうすでに、七瀬姫の名は関係者に知れ渡っていて、それに、七瀬自身もそうしたくてしているのだから。

 七瀬が、男に抱かれないといられない身体だと自覚したのは、中学生の頃だった。

 一年生のうちは、戸山に嬲られ続けた七瀬は、戸山たちが卒業すると何故かその役目から解放され、平穏な日常へと無理やり戻された。
 どうやら、その頃に七瀬の正体が彼らにバレたせいだったらしい。

 その後、男に抱かれる快感を知った身体は、一ヶ月で悲鳴を上げた。
 自慰をしても、後ろも弄ってやらないとイケなかったのだ。

 それでも、一年は自分の指で我慢していた。
 結局、助けを求めたのが、幼い頃から教育係をしてくれていた大聖寺だった。

 そんな経緯があるから、男が切れるといられなくなってしまうのは、体験済みなのだ。

 人を好きになったことなどなく、特定のセフレもいない七瀬には、この仕事は他人が思うほど苦痛ではなく、むしろ需要と供給のバランスも取れているわけだった。

「どうしてもやめられないなら、せめて相手を選んだら良いのに」

「必要な顔つなぎを好みで選んでたら、組にとって良い結果になりませんよ。これでも、若頭としての自覚はあるんです」

 そうして仕事上の立場を主張されれば、それ以上の口出しも出来ず。
 晃歳は黙ってバーボンのグラスを傾けた。

 会話が途切れてしまえば、その沈黙もまた心地良く感じられる七瀬は、しばらくまったりとカクテルグラスの中身を口に運んでいた。





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