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貴文には、旧友のそんな表情が不思議でたまらない。
「仁。お前、やっぱり変だ。何で笑える?」
「……何が?」
「いや、だってよ。
話聞いてる限り、やっぱりそれでもお前、人権無視されてんだろ?
公衆便所に違いねぇし、さっきも呻き声しか出てなかった。
普通、怒るとか悲しむとか、あるだろう?」
問いただされた方は、そんな台詞に、またもや笑うわけだ。何の疑いもなく。
「もう、納得ずくだからな。
確かにここは大倉が保護してくれてる族だが、組とは違う。
本気で怒っているなら、大倉は組に引っ張っていくだろう? 今頃魚の餌だ」
「確かにな。俺の立場で言わせてもらうなら、実際生ぬるいし、殺すまではしなくても、組の監視下に置いとけば危険は減るし。
何でこんな自由にさせてんだか……」
戸山という友人に対する口調から、組の若衆頭の口調に変わって、それが本音なのだろう言葉を紡いだ貴文は、言いながら、自分の言葉で何かに気付いたらしい。
ん?と首を捻った。
「もしかして、合言葉ってそういうことか?」
「え? どういうことだ?」
どうやら、戸山がしばらく悩んでいた問題の答えに貴文は気付いたらしい。
戸山は身を乗り出して聞き返す。
あぁ、たぶんな、と話し出した貴文の声にかぶって、仲間たちが集まっている一団の方から声がかかった。
『戸山ぁ。お前、バイクはぁ?』
「あ、やべ。まだ家だ」
『さっさと取って来い、ノロマ。行くぞ』
急かされて、話は途中だったが、戸山はそこを駆け出した。向かいの三軒隣へ入っていく。
見送って、貴文はクックッと笑い出した。
戸山が行ってしまった代わりに、七瀬が近くにやってくる。
「楽しそうだったね」
「あぁ、七瀬。……お前、仁のこと、気に入ってんだろ」
「仁? あぁ、戸山さん?
うん。さすが貴文、よくわかったね」
「七瀬にしちゃ、扱いが優しい。本気で思い知らせてやろうと思ったら、お前ならもっとえげつなく徹底的に痛めつけるさ。
何? 片腕にでも誘う気?」
「うん、まぁ。でも、どっちかといえば、貴文につけようと思ってるよ」
合言葉が当てられたらね。そう嘯いて、七瀬は満足そうににこりと笑った。
「もう教えてあげた?」
「時間切れで、まだ。ついさっき気付いたんだよ」
「まったくそのまま教える?」
「いや、ヒントだけな。答えを教えたら、お前、一字一句でも間違えたらダメとか、そういう意地悪するだろう?」
「よくお分かりで」
七瀬という人間を良く知る貴文ならではの答えに、七瀬は本気で笑い出す。
それから、自宅から道路に出てきた戸山を見つけ、来たよ、とわざわざ指差して、イトコのいる方へ去っていった。
自分のバイクを押して、戸山が戻ってくる。
「大倉と何話してたんだ? 楽しそうだったな」
その台詞は、戸山がバイクを取りに行った後寄ってきた七瀬の言葉とほぼ同じで、貴文は戸山をまじまじと見つめてしまった。
それはきっと、七瀬が戸山を気に入った理由であり、戸山を貴文の助手につけようと考えた理由なのだろう。
「七瀬と仁って、似た者同士なんだな」
「はぁ?」
どこがだぁ?と不思議そうに問い返す戸山に、貴文は誤魔化して笑った。
その反応が理解できず、戸山は眉を寄せる。
「七瀬が、仁のことを気に入ってる、って話さ」
「そんなことは無いだろう」
「合言葉が当てられたら、俺の助手にくれるってさ」
「まさか……」
その言葉が、高待遇でスカウトしようと考えている、と同義であることは、戸山には理解できるのだろう。
何しろ、貴文の立場は、組の将来を担う一翼という責任ある立場なのだ。
その助手ということは、それもまたそれなりの人物と目されて良い。
「そんなわけが無いだろう」
「七瀬は、こと、組の将来に関わる人事には、情を挟まない奴さ。
見所がありゃあ、自分が嫌っている相手だろうが、今の地位がどうであろうが、関係なく取り上げるし、失敗すりゃ容赦なく切り捨てる。俺だって例外じゃねぇ。
お前は、間違いなく期待されてるよ、仁」
ぽん、と肩を叩いて請合う貴文に、戸山は疑うような視線を向けるのだが。
それ以上会話をする暇も無く、他のバイクが駐車場を出て行くのに、慌てて後を追った。
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