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 この暴走族団。渚沙が立ち上げた時から変わらず、名を『湘東爆走会』といった。
 当初はツーリング仲間でしかなかったのだが、湘南地区は暴走族が多く、仲間内には喧嘩っ早い連中も多かったため、他の暴走族と衝突することも少なくなく、いつのまにか迷惑行為をするようになっていた。

 したがって、立ち上げ当初メンバーには、昼間のツーリングにだけ登場する者もいる。
 今日もそんなメンバーが一人来ていた。

 昼間のツーリングは、純粋に遠乗りを楽しむ。
 二人乗りで出かけるのは、大所帯で出かけては一般車両に迷惑をかけるから、という配慮のためだし、行きと帰りでライダーを交代して、運転の楽しみを分け合っていた。

 落ち着いた、大人なグループなのだ。
 夜の彼らを見る限り、信じられないが。

 貴文に、久しぶり、と声をかけられて驚いた戸山は、それから、先ほどの行為を見られていたことを思い出したのか、恥ずかしそうに頬を染めてはにかんだ。

「軽蔑しただろう?」

「相手が七瀬じゃ仕方が無い。運が悪かったな」

「自分の昔の行いが悪いのさ。立場の割りに良くしてもらってるよ。おかげで憎みきれないけどな」

 困ったように笑った表情の答えは、そんなことだった。

 話を聞けば、確かに不当と言える扱いを受けているわけではないことがわかった。
 族所有の公衆便所という立場ではあるが、その行為を強要されるのは仕事が休みの日に限られたし、ツーリングにも当然のように参加でき、行為中にも暴力厳禁というルールが付いていた。
 しかも、一日一回だけ、ただし、参加人数はいくらでも、という条件付で。

 中一の時に七瀬が受けた屈辱からすれば、それは比較にならない厚遇だった。

「七瀬は、運が悪い、って言ってたぞ」

「償う機会が与えられてラッキーだったと思うがな」

 貴文が教えたその情報に、戸山は喉を震わせて笑った。
 その反応は、同級生だった中学生時代には考えられないものだった。
 すっかり落ち着いてしまっていた。

「けど、何でまた、こんな所にいるんだ? 俺と同じ中学にいたんだから、お前、川崎が地元だろう?」

「親の離婚に伴って引っ越したんだよ。母親の実家がこっちでな。以来ずっとこっちだ」

「この族には?」

「俺の家、向かいの三軒隣だぜ」

 思わず納得の理由で、貴文は苦笑するしかなかった。
 まさかすぐ近所とは。まさしく、運が悪い。

「近江は? 大倉と随分親しいようだが」

「大倉組で若衆頭を任されてるよ」

「そりゃ、大出世だ」

 ヤクザ稼業に出世も何もあったものではないが、ある意味大変力のある立場で、否定する材料もなかった。
 肩をすくめて見せる。

「今日まで、七瀬は俺のした事も忘れてるもんだと思ってたよ。
 仁の存在も、今日初めて知った。七瀬は、アキレス腱だ、って」

「それでも、この程度の罰で匿ってくれるんだな、大倉は」

 本気で戸山は、七瀬に対してまったく悪感情を持っていないらしい。
 こんな仕打ちを受けていてなお、匿ってくれる、と話せるのだから、本気なのだろう。

「怒っていないのか?」

「そいつは、俺じゃなくて大倉に聞けよ。本気で怒っているようには、俺は思えない」

「いや、そうじゃなくて、お前が」

「正直、戸惑ってるよ。大倉の正体を知れば、この仕打ちは納得できるし、だからこそ、生ぬるいんじゃないかって」

 罰を受けている人間が、生ぬるいと評価するのはどうなのかと思うのだが。
 貴文としても、確かにそれは生ぬるい気がするので黙っておく。

 かわりに、問うべきことを一つ思い出した。

「七瀬に、一緒に考えてやれ、って言われたんだが。何か課題でも与えられているのか?」

 問われて、突然の話題転換についていけず、戸山は首を傾げた。
 少し考えて、思いついたらしく、表情が納得に変わる。

「近江に考えてもらったら、答えを教わるようなもんだと思うが。
 自由にして欲しきゃ合言葉を言え、だと」

「合言葉?」

 何だそりゃ、といぶかしむ貴文に、戸山は軽く頷いた。
 
「俺が、悪かった、許してくれ、って土下座したら、そう言われたんだよ。
 もう、半年も前のことだ。いい加減、待ちくたびれたかな?」

「で、その合言葉ってヤツを、考えてるわけか」

 確認されて、そう、と頷く。それから、また笑った。

「十回挑戦して全敗。もう、俺には語彙力がねぇ」

 今日は、顔を合わせてからこちら、戸山の表情には困ったような笑みしか上っていない。
 話の内容から察せられるところでは、悔しがる、怒る、悲しむ、の感情はあっても、笑うしか無い困り顔は似つかわしくないはずなのだが。





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