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 病院に迎えに来てくれた家政婦の大山さんは、いつもの通り五時に仕事を終えて帰って行き、僕は二階に潜んでいたルフィルを居間に呼んで、夕食を摂る。

 大山さんは和洋中どれを作っても平均的に美味しくて、さすが主婦だと感心する。ただ、一人前しか作ってくれないので、道場の日などは足りなくて、結局自分で夜食を作ったりするんだ。

 それを大山さんは承知していて、保存のできるハムやソーセージ、缶詰の類を買い溜めしておいてくれるから、ルフィルの食事も困らなかった。人間の主を持ってから、雑食に目覚めたらしい。濃い味付けは無理だが、塩漬け酢漬けなら洗えば食べられるというから、順応能力はすごいと思う。

 床に置いたハムと野菜のサラダにがっつくルフィルを見下ろして、僕はその日あった事件を話して聞かせた。もしかしたら、あれは僕がやったことなのではないかと、時間が経つごとに強く思うから。僕の前世を知っていると自称する彼に、判定してもらう方が良い。

 しばらくは、ハムに食いつきながら聞いていたルフィルは、途中で食事を中断し、話に集中し始めていた。

「というわけなんだ。どう思う?」

『ハンペータが原因だろうな。ハーンほどの魔術師ならば、その程度の術はわけも無い。パニックによって、ハンペータの潜在能力が暴発したのだろう。その程度の被害で済んで良かったと思うべきだ』

「だって、五人も大怪我して入院したんだよ!?」

『建物を崩して一人も死人が無いことは、賞賛に値する。無意識に周囲の人命を守ったのだろう。本来のハーンの力をそのまま爆発させていれば、周囲二、三ドーリは吹っ飛ぶぞ』

「……ドーリ?」

『あぁ。初めてハンペータに会った場所からこの家までが、ほぼ半ドーリ』

 ってことは、一ドーリが一キロの換算か。

 ……。

「……え?」

『つまり、五リロ程度の半径で済んだことに、俺は逆に驚くんだ。ハンペータは、無意識にでも力を制御することが出来るのだということだろう?』

 平然とそう言って、特に何の感慨も覚えた様子が無く食事を再開するルフィルを見下ろし、僕はただ固まるしかなかった。

 もう、もし、などと仮定する場合ではなくなっている。自分が自分で意識しない力を発揮してしまったのは、火を見るより明らかだ。その上で、もし前世に持っていた力のすべてを僕が引き継いでいるのだとすれば、上野公園を一つ吹っ飛ばすことができてしまうという事実を、今更ながらに突きつけられたわけだ。

 まるで、僕は歩く時限爆弾ではないか。感情の爆発が起爆スイッチという。イジメを受けている現状では危険極まりないことこの上ない。

『しかし、そうか。俺がハンペータに出会ったことが、力を引き出すきっかけになったということだろうな。良かったじゃないか、現実を受け入れる気になっただろう?』

「良くない。僕はこの世界で普通に生きていく予定だったのに」

『苦労しているようだが』

「うるさいな。ちょっとした手違いだよ。まぁ、手違いが無くても変わらないだろうけど」

 元々弄られ体質らしく、小学生の頃から何かというとちょっかいを出されていた方だから、ある程度は諦めてるんだ。だけど、非現実の世界に行くほど、世の中を悲観しているわけでもない。

 といっても、現にルフィルが目の前にいるのだから、ルフィルの言う世界も非現実というほどあり得ない話ではないのかもしれないけれど。

『いい加減、この現実を受け入れて欲しいものだ。まぁ、ああでもないこうでもない、と長々考え込むのは、ハーンもそうだったから、人間の特徴なのだろうな』

「悩んでなんかないよ。僕の意思ははっきりしてる」

『揺れているくせに。意地を張るのは良くないぞ、胃を痛めるし、男は禿げるらしい』

 その辺は、向こうの世界でも同じらしい。

 ルフィルに突っ込まれて、僕はふと目の前に並んだ料理に気づき、もう一度箸を取る。





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