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 毎朝、通勤のサラリーマンで満員の電車に揺られ、私立の中学校に通っている僕は、今日もまた、いつもの通学路を辿った。

 うちに三日だけ居候することになった黒豹は、大人しく留守番をしているはずだ。僕を見つけ出すという目的は果たしたのだから、その他に用事も無い、といって、本当に興味もなさそうだった。

 本人曰く、黒豹種ではあるが純粋な黒豹ではない、のだそうだ。混合種というらしい。

 ルフィルのいた世界は、混沌の世界との二つ名がついていて、神々の実験場だと言われているそうだ。そこには、この世界にもいる純粋な生物の他に、神々が戯れに生み出している混合種という生物がいる。

 彼らは、ここでもヴァンフェスでもない異界の生物との交配合によって生まれてきた。人間と動物が言葉が通じないように、人間や動物と混合種も言葉は通じず、混合種はほとんどが凶暴凶悪で、無意味な殺戮を起こすことが多い。

 その混合種と言葉を交わし、それぞれの生物がそれぞれの縄張りを維持して共生できるよう仲介したのが、ルフィルが僕の前世だと言う、大賢者ハーンだったらしい。

 つまり、ハーンが死んでしまったことで、彼らはまた混合種の脅威にさらされることになったわけだ。そのため、僕を連れ戻しにきたのだろう。

 けれど、ルフィルもまた、混合種であるというのなら、その凶暴な性質も持っているはず。この質問に、彼は否定こそしなかったが、僕には手を出さないと約束してくれた。自分の主と認めた相手に牙を剥くほど、愚かではない、のだとか。

 それにしても、へんてこな拾い物をしてしまったものだ。

 せっかく薄青い空がビルの間に広がっている良い天気だというのに、朝っぱらから僕は憂鬱な気持ちで電車に揺られた。





 僕が通う中学校は、通常より募る寄付金や授業料の高い、名門と呼ばれる有名私立校だ。それだけに、警備もしっかりしており、僕より地位も名誉もある家柄の生徒は、毎朝正門まで車で送られてくる。電車通学をする生徒は、一般市民と呼ばれて馬鹿にされているくらいだ。

 親がこの学校を選んだ理由は、そのセキュリティに対する信頼のようだが、二回乗り換えて三十分の電車通学をしている時点で、セキュリティを本当に気にしているのかどうかは、疑わしい。

 この学校では、クラス分けを進級試験の成績で分けているのだが、僕はその中でトップのクラスに所属していた。昨年度末の試験でヤマが当たってしまい、実力以上の好成績を収めてしまったせいだった。

 おかげで、今、クラス内では村八分にあっている。クラスメイトは皆、毎日家庭教師を雇って予習復習を欠かさず、遊んでいる時間などほとんど無いスケジュールの中で暮らしているから、僕のように武道に明け暮れているのが羨ましいのだろう。

 そこは、男が相手だから遠慮が無いのか、殴られたり蹴られたりすることが多い。身体が小さく線が細いのは生まれつきの体質に影響を受けているものであって、僕自身が何かをしているわけではないのに、武道をしているくせに鍛えられてない身体はおかしい、口ばっかりで実力が無い、と悪口雑言言いたい放題だ。

 僕だって、やり返せるものならやり返してやりたい。けれど、相手は勉強ばかりして体育の授業に不平不満タラタラの勉学生徒だ。本気でやり返したら怪我をさせてしまいかねない、と思えば、手がおのずと引っ込んでしまう。

 そりゃ、稽古中に打たれることはそれこそ日常なので耐性もあるが、痛いものは痛いのだ。素人の力任せは、なかなか侮れない。

 それは、二限目と三限目の間の休み時間のことだった。

 丁度、次の時間は体育で、僕たちは更衣室に移動していた。事件はそこで起こった。




 更衣室というところは、えてしてロッカーだらけで狭く薄暗い。

 僕はただ、何の気なしにぼうっとしていただけだった。頭の中を締めていたのは黒豹ルフィルのことだったから、他に意識が向いていなかったのもある。

 だから、気がついたのは荒々しく肩を引かれた時だった。

「聞いてんのかよ、ハンペン!」

「お姫様はお口が利けましぇんかぁ?」

 あはは、という下卑た笑い声。これが名門中学のトップクラスの生徒かと思うと、憤りよりも先に脱力してしまう。

 が、脱力していられたのはその時までだった。

「男の裸見るのが好きなのか、って言ってんだよ」

「武井の生着替え、じぃっと見ちゃってよぉ」

「キモいんだよ、男女。付くもん付いてんのかぁ?」

「よぉし、調べてやろうぜ」

 へっ!?

 ちょ、ちょっと待って。

 お前ら変態かよ。男の裸見て何が楽しいんだ。

 プールの授業を思い出せ、僕は男だ!

「おい、そっち押さえろ」

「くそ、暴れんじゃねぇよ」

 少なく見積もっても五、六人がかりで、僕はさすがに冷静でいられず、彼らの手を振りほどくために身体を捩って暴れた。

 けれど、多勢に無勢。何しろ、クラス中の生徒が僕の敵だ。人数が増えて、全員で僕の身体を押さえ込めば、抵抗の余地などほとんどなく。

 せっかく穿き変えた短パンのゴムに指が入り込む感覚がして、僕が感じる五感はそこでストップした。

 多分、僕の声だったんだろうと思う。

「うわあああぁぁぁぁ!!」

 次の瞬間、目の前も真っ白になった。どこか遠くで爆発音がした気がしたけれど、覚えが無い。





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