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 その言葉に、ようやく反応したのは、従兄弟だった。

「忘れられるはず、ないだろ! 半平太は俺たちの大事な家族なんだぞ。必要に決まってるじゃないか」

「そう言ってくれるのは、義巳兄ちゃんだけだよ。ねぇ?お母さん。変な身体で生まれてきて、木村家の跡継ぎとしては能力も大してないし、僕なんて厄介者だったんでしょ? 僕さえいなければ、次の後継者候補は義巳兄ちゃんで、それなら木村家の将来も安泰だ。違う?」

 たぶん、言い当ててるはずだ。そう、ハンペータは判断していた。確信に近かった。

 案の定、叔父夫婦も母も、咄嗟に二の句が継げず、黙り込んでしまった。その二人の反応に、義巳が一人で焦っていて、何とか言えよ、と両親や伯母をせっつく。

 ハンペータは、今更ショックを受ける様子もなく、ふっと笑った。自嘲の笑みに近かった。

「元々、性別が中途半端な僕には荷が重かったんだ。きっと現状があるべき姿なんだとおもうよ、義巳兄ちゃん。逃げるようでごめんね」

「……俺は、半平太のサポートができるように、って、ずっとそう思って頑張ってきたんだぞ。お前がいつか帰ってきたら、俺が支えてやるつもりだったんだ。それなのに、どうして……」

「僕を疎ましく思ってた人たちに聞いてよ。僕はお父さんやお母さんが望む通り、姿を消すだけ。今更戻ってこられてもいい迷惑でしょ。そのくらい、言葉で聞かなくたってわかるよ。ずっと、家族から冷たい目で見られてて、勘違いできる方がどうかしてる」

「そんなことは……!」

「だから、良いんだよ。僕には僕の居場所ができた。それは、ここじゃない。僕にとってもお父さんやお母さんにとっても、望ましい結果に落ち着いたんだ。今だって、引き止めてくれるのは義巳兄ちゃんだけでしょ? 望まれないところにわざわざ戻ってくるほど、僕は困ってないから」

 言いたいことはすべて言った。こんなにも恨み言を言うつもりで来たわけでは無いけれど、予想外の事態にだいぶすっきりした。

 だから、これ以上の長居は不要だった。義巳は引き止めてくれたけれど、他の三人はただ戸惑うだけで、何の反応も示さない。彼らをこれ以上混乱させないためには、早々に立ち去るべきだろう。

 行こう、とルフィルに声をかけて、ハンペータはそこを立ち上がった。横に置いたコートを持ち、玄関の方へ踵を返す。

「半平太。待って」

 結局挨拶もなく立ち去ろうとするハンペータを呼び止めたのは、やはり義巳だった。振り返り、ハンペータはやはりにこりと笑みを返す。

「長い間お世話になりました。さようなら」

「ちょっと待てって。もう引き止めないから、せめて部屋に寄ってけ。な?」

 少しでも長く引きとめようとしているのか、急いで近づいてきて、ハンペータの腕を掴む。その途端、ハンペータの足元で大人しく従っていたルフィルが、牙をむいた。ぐるる、と喉を鳴らし、威嚇のポーズをとる。

 もちろん、ルフィルの知能をもってむやみやたらと襲い掛かるはずもなく、ただの威嚇だ。だが、ハンペータの許可さえあれば攻撃も辞さない程度には、本気だった。

 今まで大人しかった猛獣の急変に、義巳はその手を離し、二、三歩後ずさる。

「ルフィル。ダメ」

『わかっている。ポーズだけだ』

 ハンペータの言葉に、牙と爪は隠して、だが臨戦態勢は崩さない。おそらく、いい加減鬱陶しいのだろう。先ほどから、問答が同じことの繰り返しだ。

 ルフィルの態度に、ハンペータはあからさまに肩をすくめた。

「ホントに、必要なものはみんな持っていったから、全部処分してもらって構わない。この子も、なんか飽きちゃったみたいだし、このまま帰るよ」

 居間を出てすぐの玄関で靴を履き、二重ロックの玄関を開ける。見送りに出てきたのは、引き止めたままついてきた義巳だけだ。そのことに、ハンペータは何故か少しほっとした。ここで母が見送りに出てきたりしたら、帰りたくなくなってしまう。これでも一応里心くらいはあるのだ。

 冬の夜空はキンと冷え切って澄み渡り、月も星もきれいに見える。東京の空としてはあり得ないくらいの星の数。だが、普段見上げる星空に比べれば段違いの少なさだった。

 玄関扉と門をつなぐ、石畳風に作られた道の途中。ハンペータは自分とルフィルを囲むように地面に円を描く。指先でくるりとなぞるだけで、その円は光を帯びて暗闇に浮かび上がる。

 ふっと後ろを振り返り。義巳に、ひらひらと手を振った。

「さよなら」

 反対の手を、頭上に挙げる。それに引きずられるように、光の円から円柱状に膜が引き出されて、ハンペータとルフィルを覆い隠した。

 一秒と残らなかった膜が消え去ったその向こうに、ハンペータの姿はなかった。




 深い森に囲まれた小さな家の前庭に、人が一人手を広げたくらいの光の円ができる。次の瞬間、そこに人と獣の姿が現れた。

 眩しいほどの月明かりに照らされた真夜中。こんな時間に起きているのは、フクロウのメリィアンくらいだろう。

 バサバサ、と音を立てて飛んできたメリィアンが、ルフィルの背中に着地して、ハンペータを見上げた。

『お帰り、ハンペータ。どうだったんだい?里帰りは』

「うん。何も変わってなかったよ」

 家族との確執などおくびにも出さず、にこりと笑って答える。そんな恋人に、ルフィルは自らの身体を擦りつけ、わざと大きく欠伸をしてみせた。

『寝るぞ』

『あらあら、いやだねぇ、嫉妬してるのかい?』

『ふん。悪いか』

 あっさり認めて開き直るルフィルに、メリィアンは珍しいものでも見たように目を丸くして、歩き出すルフィルから飛び上がった。

『ちょいと、なんだい、お前さん。いやに素直じゃないのさ』

『ほっとけ』

 じゃれあいながら家に移動していく二人を、ハンペータは何とも嬉しそうに笑って見送り、自分もまたゆっくり歩き出す。

 あまり気分の良い里帰りではなかったが、言いたいことを言ってすっきりしたし、ちゃんと別れの挨拶もしてきた。思い残すことはもうない。

 これからは、向こうの世界を思い返して心配するような必要もなく、ただ純粋に、仲間たちに囲まれて幸せに暮らしていけることだろう。未練はすべて、切り捨てて置いて来たから。

 夏の夜風が森の木々を揺らし、さわさわと静かな音を立てる。空では無数の星が瞬いていた。





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