ルフィルと一緒 1
僕がいた世界の日本と同じように、ヴァンフェスの中でも穏やかな気候のバル王国には四季があった。春にこの世界にやってきた僕は、森の木々に日の光を遮られて酷い暑さにはならない過ごしやすい夏を越え、木々の葉が鮮やかに色づく秋を過ぎ、世界を白銀に染める冬を過ごして、再び春の訪れを迎えていた。
夏は涼しく冬も雪の量の割りに寒くないこの森は、本当に過ごしやすい。季節を一巡して、僕はそんな感想を持った。
もちろん、台風は避けていくし雪は降らないし、東京も過ごしやすい気候だったと思うけれど。あそこはアスファルトとコンクリートに囲まれていて、夏は照り返しが厳しいし、冬も芯が凍るようだった。
春は花の季節。それは、このヴァンフェスでも変わりは無い。
僕とルフィルは、近くの滝の上流に広がる花畑に来ていた。別に花を愛でに来たわけではなくて、薬草を摘みに。
春にしか摘めない薬草を、探しに来たんだ。春の花であるタンポポに似た花の花びらを煎じて飲めば、万病に効く、と言えるくらいいろいろな効能がある。去年の今頃は、本当に来たばかりで右も左もわからなかったから、この花を摘むのは、今年が初めてだ。
うちの常備薬として、という意味合いもあるけれど。今日の花摘みは、シィンに献上するためのモノ。給金を貰っているからには、王宮付き魔術師としての仕事もこなさなくちゃいけない。
当然、こんな便利な薬を栽培していないわけはなく、王宮の庭師が丹精こめて育てているそうだけれど、僕にはハーンが残した一手間の知恵がある。っていうか、僕がしなくても誰だってできる魔法なんだけれど、王宮付きの魔術師さんたちにやらせてみたら、見事に全滅だった。
すごく簡単な魔法なのにね。結界を作ることに比べたら、朝飯前、ってレベル。
両腕で抱えるくらいの大きさの籠いっぱいに積んだ花を見下ろして、僕は隣のルフィルに声をかけた。
「こんなもんで良いと思う」
『そうか。ならば、少し休憩していこう』
花を踏まないようにそこに腰を下ろすルフィルに寄りかかるように、僕もそこに座った。
一面広がる花畑を渡る風が、色とりどりの各種さまざまな花を揺らして通り過ぎていく。花の香りが心地良い。
うっとりと目を閉じていたら、隣でルフィルが笑った気配がした。
「今、笑った?」
『……あぁ、まぁな。普段は花になど興味もないくせに、幸せそうだ』
「うん。なんだかね。気持ち良い」
花に興味が無いのはその通りだけれど。花畑は別に花に対する興味うんぬん関係なく、見た目にキレイだし。
しばらく風に吹かれていると、僕の背もたれに甘んじていたルフィルが、ふと顔を上げた。
『そういえば、近頃はハンペータも穏やかな表情をするようになったな。初めて会った頃は、常に不安そうだったが。自信がついたか?』
「うーん。みんなの仲間だって自覚が出てきたかもね」
『今更、か?』
「遅い?」
『そろそろ丸一年経つぞ』
「これから何千年も生きる予定なんでしょう? 一年なんて長いうちに入らないよ」
『それは、歳を取ってから振り返って言うべき言葉だろう。一年は十分長いさ。特に、ハンペータの年頃はな』
ハーンもその頃は日々成長してた、と振り返るルフィルに、僕はちょっとビックリした。
だって、ハーン、っていう名前を聞いたのも、もう半年振りくらいだったんだ。僕が意識して避けてたのもあるけど、昔話でも聞かない限り彼の名は仲間内では出てこないし、こっちに来た最初の頃にハーンの活躍話は大体聞いちゃってたからそんな話題も上らないし。
何も言わないし話題にもしないから、ルフィルの中でハーンの存在が今どうなっているのか、僕にはわからなかった。
その名を、ルフィルは平気で口にした。とても懐かしそうに。
僕がビックリしたことで、自分の発言を振り返ったらしい。ルフィルが苦笑しながら僕に擦り寄ってきた。
『今はハンペータが側にいる。ハーンのことは、大事な思い出だから、忘れることは出来ないが、もう引きずってはいないよ』
「吹っ切れた、ってこと?」
『そうだな。いつまでも引きずっていれば、ハンペータも気にするだろう? 今の俺には、ハンペータがいてくれれば良い。こうしている日常が幸せだ』
「そうだね。すごく幸せ」
ルフィルがそばにいて、仲間たちが見守ってくれて、毎日いろんなことを勉強して、泣いたり笑ったりしながら生きている。それが、とても幸せだ。
花畑を渡るそよ風に吹かれながら、暖かな日差しに照らされて、ぽかぽか陽気に眠気を誘われる。大きな欠伸を一つ。
『寝てしまえば良い。日が翳る前に起こしてやるぞ』
普段ならお昼寝の時間だからなおさらで。僕を抱き寄せるように尻尾が腰に絡みつくから、ルフィル自身を枕にして、僕はちょっと転寝のつもりで目を閉じた。
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