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神が命を落としてからは、神の軍勢からはすっかり勢いが消え失せ、敗走同然に通り抜けづらくなった結界を足掻いて飛び出していった。
街は、破壊の限りを尽くされてボロボロの状態だったけれど、生き残った人々の目には、生気が宿っていたのが印象的だった。これなら、復興もきっと早いだろう。
『何より、ハンペータの活躍が大きいわよねぇ。あれだけ苦戦させられた神を一人やっつけちゃったんだもの。ハーンを越える英雄よ』
一夜明けて、森の家に一ヵ月ぶりに太陽の光が当たったその庭で、相変わらずライアンとトーレンが手合わせしているのを眺めながらノーラがそう言うから、僕は苦笑を返す。
僕としては、命を狙われたから反撃しただけであって、英雄と呼ばれるほどの働きをした覚えは無いんだよ。この平和な日常を取り戻したかっただけなんだ。
『これからまた、英雄様、大賢者様と祭り上げられるんだろうなぁ』
しみじみと、ドンファンがそんな風に言うから、僕の足元に寝そべっていたルフィルが過敏に反応して尻尾を上げた。特に反論はしなかったけれど、内心は面白くないんだろう。
実際、大賢者様、なんていう祭り上げられ方は、ルフィルにとっては古傷に等しいんだ。そのせいでハーンは命を狙われる羽目になり、ルフィルの目の前で亡くなったのだから。
ルフィルのハーンを守れなかったという深い後悔は、僕には治してあげられない。ただ、そばにいるしかできない。ハーン自身がいないのだから、時間にしか彼を助けることは出来ないんだよ。
だから、僕はただ、彼の背を撫でるだけ。ふっと尻尾に入っていた力が抜けて、地面に下ろされるまで。何度でも。
「まぁ、しばらくは静かだと思うよ。街が復興するまでは忙しいだろうしね」
『ハンペータはしばらく休めよ。昨日はすごい力を使ったんだから』
昼食を作ってくれていたはずのディグダが、突然声をかけてくるから、僕はビックリして振り返る。左腕と右の翼、それと背中にも大きな傷を受けて包帯だらけの彼は、椅子に座っている僕を見下ろして、にこりと笑った。
確かに言われるとおり、力を使い果たした感じで、実は立ち上がるのも億劫なくらい力が入らないんだ。だから、こうして座ってるんだけれど。
『今日の昼食はバーベキューだよ。みんな手伝って』
ディグダがパンパンと手を叩けば、僕の周りに集まっていたみんなも、庭で暴れまわっていたライアンとトーレンも、庭にかまどを作るべく動き出す。
モーリーは鉄板を運んできて、男衆は庭の石を組んでかまどを作り、ノーラとシースーは家に入って食材を運ぶディグダのお手伝い。かまどが出来た後薪を運び始めた男衆に混じって、肉も焼いた野菜も食べないナーダまで薪運びを手伝っていた。
燦々と降り注ぐ太陽が、だいぶ暖かい。夏はもう、そこまで来ているらしい。
『ハンペータ?』
空を見上げた僕に、薪を運んでいたルフィルが立ち止まって声をかけてくる。その心配そうな声に、愛されてるなぁ、って実感した。
「なんでもないよ」
立ち上がれても歩くのに一苦労だから手伝えないし、仲間たちがやってくれるのをただ眺めているしかなくて、ちょっともどかしい。
早く元気にならなくちゃね。
『ハンペータ。椅子ごと持ち上げるよぉ』
のっそりと重い身体を揺すって近づいてきたモーリーが、一言声をかけて、本当にあっさりと椅子ごと持ち上げてくれる。僕はちょっと恐くて、そのふさふさの毛にしがみつく。
下ろされたのは、鉄板のすぐ近くで。
渡されたのは、甘露水の入ったコップだった。
水面が、青い空を反射してきらめく。
周りには十二匹の仲間たち。おいしそうなお肉や野菜が、ディグダの巧みな手さばきで次々と焼かれていく。
「平和だなぁ」
『そうだな。良いことだ』
当然のように僕の隣に座るルフィルが、同意して頷くから、嬉しくなった。
願わくば、ずっとこんな平和な日々が続きますように。ささやかな、けれど切実な願いだった。
一週間後、僕の元に王宮から使者がやってきた。
内容は、日本に繋がっていた次元の扉を消去するがどうするか、というシィンからの問い合わせで。そもそも、そんな扉がまだあったこと自体に僕は驚いたけれど。
僕からの返答は、一言だけだった。
『お任せします』
あの世界は、僕がいるべき世界じゃないんだ。
僕を必要としてくれる仲間たちが側にいてくれるから、こっちの世界こそが僕のいるべき世界なんだから。
この世界で、僕は一生を生きていく。きっと、永遠に近い、長い長い一生を。
恋人と共に。
僕が自分の身体に不老の術をかけたのは、それから四年後のことだった。
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[mokuji]
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