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 シィンのいるはずの謁見の間まで、だいぶ距離があった。

 その間、衛兵たちとルフィルに守られつつも、廊下で、中庭で、僕の命を狙う混合種たちと剣を交え、蹴散らし、多くの命を奪うことになった。

 相手がもし人間の姿をしていたら、僕はきっとショックを受けて動けなかっただろう。獣の姿であったからこそ、割り切ることが出来た。自分の身を守るためだ、と。

 ルフィルはさすがに強くて、まだまだ基礎体力の劣る僕なんて足元にも及ばない。その爪と牙はさすが猛獣で、弱い種族ならば一撃で命を奪ってしまう。その血に濡れた黒い毛皮が、普段にも増して艶を帯びていて、カッコイイと思うのは何でなんだろう。していることは殺戮なのに。

 並み居る敵を蹴散らし、なぎ倒し、王宮内を目的地に向かって通り抜けていく。僕たちが通った後には、混合種の死屍累々になっていた。

 混合種の力には到底敵わない人間たちもまた、傷つき命を落としているのがわかる。

 もちろん、間に合わなかったのは僕だけの責任では無いけれど。偶然の産物でしかないのだけれど。もっと早くに結界を完成させられていれば、と悔やまれてならなかった。

 謁見の間は、普段の荘厳な雰囲気はすっかり消えうせ、戦場の司令室に一変していた。兵士たちが入れ替わり立ち代りやってきて、将軍と魔法使いを前にシィンと大臣が相談事をしている。刻々と移り変わっていく戦況が伝えられるたびに、人間側に受ける被害は増え続け、穏やかなシィンの眉間にも深く皺が刻まれていた。

「シィン」

 とにかく、結界が完成した報告は早くしてあげたくて、声が届くほど近くまで急ぎ足で歩み寄って、シィンに声をかける。

 彼は、僕の顔を見たとたん、表情をほころばせて立ち上がった。

「いかがですか」

「結界はできたよ。ただ、出来上がる前に古い結界が破られてしまったから、その間に入り込まれてしまったんだと思う」

「つまり、現在いる軍勢以上になることはないという事ですね」

「うん。でも、どれだけ入り込まれちゃった?」

「現在、調査中です。だいぶ侵入を許してしまったようですね」

 厳しい状況は変わらない、ということだ。

 とはいえ、僕に出来るのはここまで。駆け出し魔法使いの力なんて、高が知れてるんだ。応用を利かせられるほど知識量がないのだから。

 僕は、彼らに守ってもらうより他に何も出来ないのだろうか。とても歯痒いのだけれど。

「とにかく、お座りください。疲れた顔をしていらっしゃいますよ」

 どうぞ、と差し出されたのは、シィンの隣に用意された豪華な椅子で、気が引けてしまうのだけれど。遠慮していても邪魔になるだけだし、お言葉に甘えて座らせてもらった。

 座った途端、体の力が抜けてしまったのは、やっぱり疲れていたせいだろうね。結界術は体力を使うんだ。ましてや、かなり広い範囲を囲む大きな結界を作ったのだから、結界点は既成の物を使ったとはいえ、大変だったことに違いはない。

 ルフィルが僕の足元に寝そべって、心配そうに僕を見上げていた。その彼に、安心させるために笑ってみせるけれど、ちゃんと笑えていたかは自分でも自信が無い。

 僕が放心している間にも戦況は刻々と伝えられていた。まだ王宮内に入り込んだ数はそう多くはなかったようで、王宮の守護結界内の安全が伝えられると、その場が一瞬ほっとした雰囲気に包まれた。

 それが、次の瞬間、また緊張に包まれることになった。

「申し上げます! 城下町上空に翼の獅子に乗った精神生命体の姿を確認いたしました。国王陛下ならびに大賢者様の引渡しを要求してきております!!」

 精神生命体?

 ……って、それ、神ってこと!?

 弾かれるように立ち上がった僕は、同じように立ち上がったシィンと顔を見合わせ、二人同時に駆け出した。

 向かった先は、二階のテラス。祭事用に城下町に向かって設けられたテラスは、この城自体が高台に立てられていることもあって、周囲をよく見渡せる場所なんだ。

 観音開きのガラス戸を開けてテラスに出る。目の前に見えたのは、背景の青空が透けて見える、僕の乏しい想像力で思い描く未来の人間そのままの、人間の姿だった。それも、神話に登場する有翼獅子、グリフォンの背に乗っているものだった。





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