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『……それで、敵は?』

 僕が説明した内容を、理解してくれたんだと思う。質問を受けて、今度こそ、ライアンに答えを任せた。さっきから何か言いたくてうずうずしてたからね。

『神々の軍勢だよ。ハンペータと大賢者ハーンを混同して、ハンペータを引き渡せって襲ってくるんだ。明日来るか五日後来るかわかんないけど、結界を作れるのは五日後なんだよ。だから、結界を作れるまで、ハンペータを守らなくちゃいけないんだ』

『ライアン。私たち大虎にとって、その坊やは守るべき相手ではないのよ。確かにハーンとその当時の群れの長は話し合いによって和解したかもしれない。けれど、今そのハーンはこの世にいないし、当時和解を交わした群れの長も当然亡くなっているわ。協力しなくてはいけない義理は無いの』

『でも! じゃあ、お母さんは大昔のように混合種の脅威にさらされる世の中に戻っても良いの!?』

『今だって、状況は変わらないわ。すぐそばに狼種の群れがいるのはあなたも知っているはずよ、ライアン。混合種の脅威は、私たちにとっては日常なの』

『お母さんは混合種の本当の力を知らないからそんな悠長にしてられるんだ! ここにいるルフィル一匹で、僕たち大虎の群れなんてあっという間に全滅させられるんだよ!? 狼種が俺たちを襲ってこないから、こんなに大きな集落を築いていられるんでしょ?』

 それは、僕も知らなかった内容だった。普段から、ルフィルとかドンファンとかトーレンとかを相手に手合わせの稽古に励んでいるライアンは、混合種の実力をそんな風に理解してたんだ。たぶん、実際に練習相手になってもらっているからこそ、相手が手を抜いているのはわかっているんだろうね。

 その息子の主張に、母親は驚いて目を見開いていた。

『ライアン、あなた……』

『大体、お母さんは大虎の群れが移動生活してたのを知らない世代でしょう? お祖父ちゃんは、いつも俺に教えてくれるよ。ハーンがバル国近辺の共生体制を築き上げる前は、大虎は単独種の中では頂点に君臨していても混合種の前では無力に等しくて、身を守るために常に移動してたんだって。今みたいにハーンの家のすぐ近くに定住するようになったのは、ハーンが単独種と混合種が互いに一定の距離を保つことが出来るように協定を結ばせた結果なんだって。だから、普段何気なく思っている今の生活に感謝しなくちゃいけないんだって。俺は、大賢者ハーンがしてくれたことを、ハンペータがやってくれると思うし、それだけの力があるってお祖父ちゃんも認めてるんだよ。大虎の群れが今のように自分たちの生活を守るために、今するべきことがあるでしょう? 俺は、お祖父ちゃんが話してくれる危険な生活に戻りたくないんだよ』

 ライアンの主張は、混合種の仲間たちと過ごしているからこそ実感できる、本音だったんだと思う。一緒に生活しているからこそ、混合種の力を目の当たりにしていて、この平和がどんなにありがたいものなのか、身にしみている。

 息子の訴えに対して、母がとった行動は、息子の熱意とは裏腹に冷めたものだったけれど。

『それで? ハンペータとおっしゃいましたか。その時間稼ぎに成功した後は、どうするつもりなのです? その時だけ協力すれば良いのかしら?』

 ライアンは、そんな母親の態度に、驚いて声も出ずに目を見開いてしまった。

 その彼女の質問に、僕は少し首を傾げて、自嘲してみせた。

「実力も見せないうちから、こんな若造を全面的に信用してくれ、なんて言いませんよ。それに、僕自身、利害関係なしに他人を全面的に信用するなんてできないと思っています。今回の件に関しては、こちらから提示する利益とそちらからいただく労力が見合ったものだと判断した上で、交渉に伺っています。今回の一件がどう決着するかも蓋を開けてみなければわからない現在の段階で、それより先の不確定な未来をお約束することなどできませんし、するつもりもありません」

『なるほど、確かに今回の件に関しては利害が一致するわね』

 そこは理解してくれたらしい。理解した上で協力してくれるのかどうかは彼女次第だけれど、僕の主張は伝わったようでほっとした。

 彼女は、なんだか少し呆れたようだったけれど。

『良いでしょう。今回は、協力します。単独種の私たちがどこまで神々に対抗できるか知らないけれど、身に危険の及ばない範囲でね』

「ありがとうございます」

 こっちの世界でのジェスチャーの常識は知らないから、僕は日本流に頭を下げた。心からの感謝をこめて。

 僕が頭を上げるのを待って、彼女は息子を小突き、僕に視線を向けてきた。

『このバカ息子よりよっぽど交渉が上手ね、あなた。まだ成長の余地はあると思うけれど、及第点をあげるわよ』

「ありがとうございます。たぶん、商家の生まれだからだと思いますよ」

 親に商売のノウハウを教わったことは無いけれど、それなりのDNAは受け継いでいるだろうしね。




 帰り道で。僕はディグダにちょっとだけ叱られた。

 ああいう危ない橋を渡るような交渉をするのなら、味方にちゃんと打ち合わせしておけ、って。フォローできないだろ、って叱られてしまったから、弁解の余地はなくて。

「ごめんなさい」

『わかれば良いんだ。けど、まぁ。私も認めるよ。なかなかの交渉テクニックだ。もう少し詰めが甘い気もするがね』

 えへへ。ディグダに誉められちゃったよ。うれしいな。





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