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 その夜。

 僕はルフィルを連れて森を歩いていた。

 目的は無い。ただのお散歩。

 昼間だと街の人たちに見つかっちゃうから、自由に歩けるのは夜だけ、っていう事情ももちろんあるんだけど。それを言ったらみんなが心配しちゃうから、内緒なんだ。

 ただし、ルフィルにだけはちゃんと説明してる。だって、同じ部屋で寝起きしていて、秘密に出来るわけが無いし。

 今日もキレイな月夜だった。それも満月。

 ここはきっと、別次元の地球なんだろうな、って思ったのは、あの月のおかげだった。クレーターの模様が、月の写真と同じだから。ちゃんと持ってきてた本で確認したから間違いないよ。

 それに、考えてみれば森の木々は僕から見て違和感がないし、そもそも普通に呼吸もできるんだもの。単独種は僕が知っている生物ばかりで、知らないのは有翼人種だけだし。

 人間の姿だって、何も変わらない。ハーンに僕が似ていることからもわかるように、この辺りの人間は東洋人系の顔立ちだから、異世界に来たっていう実感がいまいちだったりするしね。

 ただ、僕が暮らしていた大都会に比べれば、ここはとてものどかで澄んだ空気に満ちている。排気ガスはもちろん無いし、交通の便は確かに不便だけれど、その分動くから身体にも良いし。

 家の近くには小川が流れていて、ちょっと上流に行けば滝が流れ落ちているから、家で使っている水はみんなここから運んでる。都会っ子の僕からすれば、別世界を実感する環境。川の水が飲めるなんてね。僕の生活圏じゃありえなかった。泳げすらしないんだから。

『明日、大丈夫か? ハンペータ』

 月明かりに負けて星が見えない夜空を見上げ、ぶらぶらと歩く僕の隣で、ルフィルが心配そうにそう言ってくれる。それに対して、僕は軽く肩をすくめるだけだった。

「正直に言えば、不安だよ。だって、ルフィル。僕みたいな小僧に何か言われて、真剣に聞ける? 大人ならまだしも、ガキの戯言と取られる方が可能性大きいんだから」

 そう。わかってるんだ。僕は所詮この世界では異世界から来たお客さんで、そんな僕がこの世界で日々を懸命に生きている生物たちに心から受け入れられるのは、そんなに簡単なことじゃない。

 でもね。頑張らなくちゃ。僕を支えてくれる仲間たちの思いに応えるためにも。僕に出来る精一杯で。

「いきなり頭からガブッとされることはないと思うから、大丈夫だよ。命さえあれば、いつかは歩み寄ることが出来ると思うし」

『いきなり襲ってくるような非常識な輩は、俺たちが全力で追い払うさ。ハンペータの安全が第一だ』

「うん。信用してるよ」

 皆が僕を思ってくれるのがわかるから、僕も勇気が出せるんだから。

「明日、いくつ回れるかなぁ?」

『おい。大虎の群れだけじゃないのか』

「そんなペースじゃ、神々に先を越されちゃうよ。単独種はともかく、混合種はそれぞれの種族ごとに群れになってるんでしょう? 群れを作らないで行動する種族だっているんじゃないの? 全部に声をかけようと思ったら、そんなにのんびりしてられないよ」

『やる気十分だな』

「ルフィルがのんびりしすぎなの」

 答えてやって、くっくっと笑う。それに対して、ルフィルは何故か優しい目で僕を見つめていた。

 いつの間にか、道は近くの滝まで到着していた。ざーっと流れ落ちる滝の音が、気持ちを落ち着かせてくれる。マイナスイオンって、効果絶大。

「僕、滝の音って好きだなぁ」

『うるさくないか?』

「そう? 水の流れる音って、心を落ち着かせてくれると思うけど」

 耳が良いからなのかなぁ? ルフィルが理解できない表情をする。

「ルフィルに抱きついている時も落ち着くけどね。この音も、気持ちが安らぐよ。ずっと聞いていたいと思う」

『そんなに安らぎたいほど荒んでいるのか? ハンペータの胸の内は』

「あはは。そうかもね。元いた世界ではそれが常態化してたから、気付かなかったけど」

 滝壺の水面に浮かぶ月が、流れ落ちた水が作った波紋に揺らされて、きらきらときらめいている。幻想的な光景。こんなの、自然の世界では当然の景色なんだろうけれど。まだ僕には身体に馴染んだ景色じゃないから、いちいち感動してしまう。

『そんなに落ち着きたいなら、落ち着かせてやろうか』

「ルフィルのそれって、一度興奮する必要があるんじゃないの?」

『嫌なのか?』

「そうでもないかな」

 早く帰ろう。

 そう言ったのは、僕だった。

 だって、その快感を一度覚えてしまったら、抗えるほど老成してないんだよね、僕も。





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