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 シィンが自らお茶を淹れてくれて、僕たちは改めて向かい合う。

 今日は、国務大臣さんも同席だった。

 本題に入る前に、とディグダが先に口を開く。

「彼はハーンではありません。ですから、大賢者様などとはお呼びにならないよう、お願いしたい」

「これは、失礼いたしました。改めまして、ハンペータ様。このたびはご足労戴き感謝いたします」

 ペコリとシィンが頭を下げれば、一瞬遅れて大臣もまた礼をした。僕の隣に座ったディグダはちょっと満足そう。

 僕は、恐縮してしまうしか無いんだけどね。

 挨拶を交わした後は、大臣がすぐに本題に入った。

「お呼び立ていたしましたのは他でもございません。ハンペータ様にはもう少しゆっくりしていただくつもりでおりましたのですが、神々に見つかってしまったようでして。ハンペータ様の身柄引き渡しを要求してきました」

 これが、と言って差し出したのは、羊皮紙に書かれた文章で、この国で大賢者と呼ばれる人間を引き渡せ、との高圧的な文章が綴られていた。僕とディグダはそれを簡単に目で追って、顔を見合わせる。

 ルフィルはといえば、興味もなさそうに僕の足元に寝そべっていた。実際、人間の文字など読めないらしいけれど。

「この文章で指し示す大賢者とは、ハーンのことでしょう? ならば、ハンペータを差し出す必要は無い。彼は僕たちの家で保護している普通の少年です」

 ディグダの言葉に、僕は困って首を傾げてしまった。だって、この手紙で言っている大賢者って、僕を指しているんでしょう? でも、シィンも国務大臣もそのつもりだったらしくて、満足そうに頷いた。

「もちろん、そのように突っぱねる予定ではおります。ですが、その後の神々からの侵攻を考えたときに、我々の力ではどうしても対抗しきれない。そこで、お出でを願ったわけでございます」

 僕の口を出す隙は皆無。ただ黙って、大人たちの会話を聞いているしかなかった。ディグダもシィンも国務大臣も、僕に意見を求めようとはしてないし。

 でも、じゃあ、僕がこの場で出来ることって何だろう。知恵は無理でも、この潜在能力を活かすところがあるのだろうか。

「王宮付きの魔術師の話では、以前大賢者様が街を守るためにと張り巡らしてくださった守護結界の、力が衰えているとのこと。面目ない話で恐縮ですが、魔術師たちの力だけでは直しきれないのだそうで。是非とも、ハンペータ様の御力をお借りいたしたく」

「僕の?」

 それは、霧の結界を張った僕の力に頼ってるって、解釈して良い話かな。

 問い返した僕に、国務大臣は期待をこめた視線を送り返してきた。って、こんな若造にそこまで縋るような目をするなんて、よっぽど切迫した事態なんだなぁ。

「守護結界なんて、張られてる?」

 結界術の勉強を始めてから、自分の感覚が鋭くなっているのは気付いていたから、ちょっと探ってみたんだけれど。王宮を守る結界はわかるけれど、街を守る結界が見つからなかった。王宮の結界の方が強すぎて、掻き消されてしまっているのだろうか。

 ディグダは結界を張ることは出来なくてもその膜を察知することはできるから、僕は彼に聞いてみた。まだまだ駆け出しの僕よりも、彼に聞いた方が確かだから。

 僕の問いかけに、ディグダは少し苦笑いだった。

「一応。窓ガラスよりも弱い膜になってしまっていますがね。ハーンが作った結界です」

 言われてもう一度意識して探ってみても、やっぱり見つからない。

 やっぱり、僕はまだまだ修行が足りないね。

「ハーンが作った結界点は、わかるかな?」

「さぁ。私はその時は関わっていませんから、どうでしょう。メリィアンならわかるかもしれませんが」

「ルフィルは?」

『魔法については俺に聞くな』

 つまり、わかんないんだね。

 さて、困ったぞ。火急の用事と呼び出された上にこの用件だから、できることなら今すぐが良いんだろうけれど。結界点が残っているなら、そのまま張りなおしで良いから楽なんだけどなぁ。

「難しいですか?」

 僕の困った表情を見て、国務大臣は僕の顔を覗き込むようにして確認する。それに、僕は曖昧な表情を向けるしかなかった。

 無理じゃないと思うんだ。ただね、街全体となると僕にはまだ対象が大きすぎるし、結界点を作るだけでもかなりの労力が必要になるから、それだけ時間が必要で。

「急ぎますよね?」

「はい」

 そこをはっきり肯定しないで欲しかった。僕に対してお伺いを立てる姿勢のくせに、頼り切っているのがありありと見えるから困るよ。

 シィンはシィンで、話は国務大臣に任せっきりで、のんびりお茶飲んでるし。

 とか思っていたら、僕の視線に気付いたのか、シィンが国務大臣の方を向いた。

「王宮付きの魔術師たちは、結界点の解析はしていないのか? 大臣」

 聞いていないようで、大事なところはちゃんと聞いていたらしい。ちょっとびっくり。

 それに対して、大臣はそこまで突っ込んだことは把握していなかったらしく、首を傾げて返していた。

「どうでしょうか。魔術師団長を呼びましょう」

 うーん。王様の鶴の一声ってすばらしい。





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