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 霧の結界を作り出して丸々一ヵ月。

 僕は、木の板と細く縒った蔦を使って、資料を解析しつつファイリングしていく日々を送っていた。

 学校の勉強なんかより、目的がはっきりしている分、めちゃくちゃ楽しい。

 木材資源は身の周りに豊富だから、ちょっとした必要なものは作っちゃうし、皆僕の役に立ちたいって思ってくれてて、度々僕の様子を見に来ては、手伝うことは無いか、って言ってくれるから、何かと楽チンだし。

 言葉を覚えるときと、結界を作り出すときで、二回ほど魔法は使っているから、基礎はなんとなくわかる。応用は、まだまだ。

 ただ、資料を整理しているうちに、魔法を体系立てることができることに気がついた。脳に働きかける魔法と、水を操り風を起こし火を起こす魔法、それから、結界術。つまり、基本が一緒で、後は応用力次第でいろいろな形に変化させられるっていうこと。

 体系立てて整理していく力は、多分学校の授業で自然に培われた能力なんだろう。無駄だと思っていた学校の授業も、案外役に立つものだ。

 心身の鍛錬も欠かしていない。ルフィルのアドバイスでね、魔法には強い精神力が必要らしいんだ。それは、空手や剣道、弓道などの武術に共通する、武道に最も不可欠な力だからね。それに、運動不足も防げて一石二鳥。

 資料の整理はあと少しだったから、それはぱっと目を通してファイリングを終わらせて、僕は実技練習に移ることにした。火、水、風の力は、日常生活でよく使うから、覚えた直後から使い始めていて、最近は結構身体に馴染んでいるけれど、問題は結界術なんだ。

 脳に働きかける魔法は、そんなにバリエーションがあるものじゃなくて、言葉を覚える術と遠くを見る術以外には役に立ちそうなものはなかった。本を読むスピードを早くするとか、早口言葉がうまくなるとか、とにかく実用向きじゃない。

 その点、実用向きでしかも難しいのが結界術。結界点を敷いて、点を結んで対象を囲い、覆い隠すほどの膜を張る。これを、一気にやらなくちゃいけないんだから大変なんだ。

『精が出るな、ハンペータ』

 練習用にモーリーに持ってきてもらった、岩と呼べる大きさの石を結界で囲む練習をしていた僕に、声をかけてきたのはレイリーだった。

 いつものようにカウチのそばで日向ぼっこをしていたはずのレイリーが、僕の側まで歩いてきてそこに寝そべる。

『少し休憩にしないか?』

「うん、いいよ」

 何か話があるんだろうと思って、僕は結界を繰る練習の手を休めた。途中まで持ち上がっていた結界壁がさっと消えてなくなる。

 結界術って結構体力を使う術で、首にかけていた手ぬぐいで汗をぬぐいながら、レイリーの隣に腰を下ろした。

「どうしたの?」

『うむ。昨日渡しそびれていたのでな』

 そう言って渡されたのは、どうやら手紙のようだった。

『昨日狩りに出たライアンが、外の人間から渡されてきた手紙だ。渡すべきか渡さざるべきかと悩んでいたから、わしが引き取ってきた』

「手紙?」

 受け取って、宛名書きを見れば、『ハンペータ』と僕の名前が書かれていた。この家に来る人間はほとんどが僕をハーンだと思っているから、僕の名前を知っている外の人間はシィンと彼に連なる少数の人間だけのはず。

 つまり、王宮からだった。

 中を開いてみると、そこには、近いうちに王宮に来て欲しいという招待文が書かれていた。どうやら火急の用事があるらしい。

『何の用じゃった?』

「シィンから。急いで王宮に来て欲しい、って」

 でも、一体どんな用事なんだろう。何も出来ないただの人間だと知っているはずのシィンが、僕に頼みごとなんてなさそうだし。

 それとも、この霧の結界から、僕が多少力を使えるようになったのを把握したのか。シィン自身、予言者だから、未来の予測なんて簡単だろうしね。

 何はともあれ、ハーンの死後、この場所を国家権力で保護してくれていたバル王家の、しかも僕を呼び寄せてくれたシィンの頼みだ。聞かないわけにはいかないだろう。

「ありがとう、レイリー」

『出かけるのか?』

「うん」

『気をつけていっておいで』

 人間を警戒してずっとこの森に隠れていた僕が出かけるという事態に、レイリーは驚くでもなくのんびりと送り出す言葉をかけてくれる。ホント、本当のお祖父ちゃんみたい。あっちの世界にいたお祖父ちゃんはこんなに優しくなかったけれどね。

 家の中では、ディグダがシースーとノーラに手伝わせてお昼ご飯を作っていた。そこに、顔を出す。

 一緒に来てもらうなら、ディグダしかいないと思うから。メリィアンは夕方にならないと起きてこないしね。

「ディグダ。一緒にお城まで来てくれる?」

『ん? どうした、ハンペータ。突然だな』

 ちょうど、僕が教えた天ぷらを作っていたところで、ディグダは菜箸を持ったままこちらを振り返った。その彼に、手紙を見せる。

「昨日狩りに行ってくれたライアンが受け取ってきたんだって。シィンからの招待状」

『急ぎなのか?』

「みたいだね」

『ならば、午後から出よう。バル王家には世話になっているからな。無視するわけにもいくまい』

 良かった。やっぱり、人選当たったみたい。





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