32
夕飯時。
起きてきたメリィアンとこれから眠りに行くドリスを含めて、全員が揃う。
普段どおりの賑やかな食卓。この風景を、僕は無くしたくないんだ。そのための努力を、しなくちゃいけない。
「皆、大事な話があるんだ」
せっかくの楽しい会話の腰を折って、僕はそこに立ち上がった。
僕が立ち上がったことで、皆は話をやめて僕に注目してくれる。元いた世界で浴びていた侮蔑を含む目ではなくて、皆が期待に満ちた眼差しを向けてくれて、そのことがとても嬉しくて。
「今まで、皆に心配かけていて、ごめん」
『ハンペータ、それは……』
「うぅん、ディグダ、聞いて。本当に、大事な話なんだ。僕はね、ここに来る時に、考えてたんだよ。僕がこの世界で必要とされていた人の身代わりになれるのなら、できることはしようと思う、って。でもね、実際は何も出来なかった。そりゃそうだよね、僕には何の力も無いし、まだ十四歳の子供なんだもの。その事実を突きつけられて、落ち込んでたんだ。皆に守られる一方で、街の人たちの望みを叶えるなんてどうしたら良いのかも全然わからなくて」
それで、今までずっと、後ろ向きに物事を考えていた癖が、僕を袋小路に追い込んだ。出来ることは何も無い。ハーンの真似なんて無理な話なんだから、当たり前のこと。ならば、僕の存在意義って何なのか。何のためにここに来たのか、どうして皆に守られなくちゃいけないのか。何も返せないのに。
「でもね。何も出来ないなら、何かできるようになれば良いんだ、って思ったんだ。そう思わせてくれたのは、皆だよ。僕が、僕のままで良いって言ってくれたから。僕は、僕のまま、僕に出来ることを作ろうと思った。うぅん、これは、決心だよ。僕は、僕に出来ることを作るために、頑張ろうと思う」
『ハンペータ……』
これが、昨日まで落ち込んでいた僕が出した、結論だよ。
決意を語った僕に、今度こそ安心したように、皆が僕の名を口々に呼んだ。僕をハーンと呼んでいたモーリーまで。だから、そのことが僕に勇気をくれるんだ。
「それでね、皆にお願いがある。僕は、僕として考えて、僕に出来ることを精一杯やろうと思う。だから、ハーンとは違う結論を出すかもしれない。まだ子供だから、考えの甘いところもたくさんあると思う。それは、これから経験を積んでいくけれど、それまでの間、皆に僕を助けて欲しい。ハーンじゃない僕が嫌なら、僕を追い出してくれて良い。でも、受け入れてくれるなら、僕に力を貸して」
別の世界からやってきた、右も左もわからない見習い魔法使い。それが、これからの僕の肩書き。確かに、僕の前世はハーンかもしれないけれど、僕はその記憶が無いし、彼のような力も無いから。
お願いします、と頭を下げた僕に、隣にいたルフィルが身体を摺り寄せてきた。
『他の奴らがハンペータを見捨てても、俺はずっと一緒だ』
『あ、ルフィルってば、ずる〜い。あたしもハンペータにすりすりしたい〜』
へ?と思って見上げれば、いつの間にかノーラがルフィルの上に乗りあがっていて、僕にペタリとくっついていた。肩にするりと巻きついてきたのはシースーで、ルフィルの反対側から僕に身体を擦り付けてくるのはドンファン、それに、僕の後ろからズボンを引っ張って座れと促していたのはライアンだし、メリィアンとドリスが二匹寄り添ってテーブルの上に乗っかっていて、僕を優しい目で見上げていた。
側に近寄ってきてくれたディグダが、そのごつい大きな手で僕の頭を優しく撫でてくれる。
『こちらこそ、宜しく頼むよ、ハンペータ。君がいるからこそ、皆が協力し合える。君は、我々にとって大事な旗印だ。困ったことがあるなら相談してくれれば良い。これでも年の功はあるからね』
『ハーンに教わった知識はワタシが伝授するよ。何でも聞いておくれ。念の繰り方やら陣の張り方やらいう基礎は、これから勉強してもらわなくちゃいけないからねぇ。ほら、文字を読んだだけじゃわからないことだってたくさんあるだろう? ワタシはハーンのすぐ近くで見てきたから、何でも教えてやるからね』
任せときな、って言って、ドンと胸を張るメリィアンに、僕はその仕草が面白くて、でもとても頼もしくて、くすくす笑ってしまった。
のっしのっしと年老いた重い身体を揺らしてやってきたレイリーが、ゆっくりとその近くに伏せて、僕を見上げる。
『まず手始めに、何をするんだい?』
「まず、結界を張ろうと思う。ハーンが残してくれた資料に、丁度良いのを見つけてね。結界をくぐるとその場所にいつのまにか戻らされるっていう霧の結界。これを家の周囲に張り巡らして、来客を避けようと思うんだけど、どうかな?」
どうかな?は、案としての良し悪しを聞くと同時に、手伝ってくれるか、って意味もこめた。その問いかけに、メリィアンが満足そうに頷く。
『そうだね。その結界で閉じこもっちまえば、ハンペータが勉強する時間も稼げるね。そうと決まれば、夜のうちに早速やっちまおうじゃないかい。皆、手伝ってくれるだろう?』
メリィアンの威勢の良い掛け声に、皆が一斉に呼応してそれぞれに鳴き声をあげるから、広いリビングに皆の声がこだまして、何だかすごく良い響きだった。
皆に教えられながら使った魔法は、僕の潜在能力のおかげなのか、意外に簡単で。
家を囲むように、周囲に点々と、資料に書かれてあった図形を地面に書き付ける。丈夫な木の枝で、地面に彫り付けるように。その点と点を結ぶ線で囲んだ内側が結界になるから、できるだけ丸くなるように、たくさんの点を書き込む。
あとは、結界の内側に立って、念じるだけ。
呪文は、書かれていなかった。聞くところによれば、ハーンはその潜在する能力と天性の勘と集中力で、呪文を使わずに魔法を使う天才だったらしい。
それを僕は真似しなくちゃいけないんだから、かなり大変。
けれど、この結界ができるかどうかが、僕に与えられる時間の長さを左右するんだから、ここはきっちり集中して仕上げるしかない。
書かれてあった通りに、目を閉じて、念じる。胸に手を当てて、自分の内側に目を向けるように。
思い描くのは、家を取り囲む霧の結界。
感覚が鋭くなっていく。そして、僕と背後に建つ家を囲む円が、僕の脳裏に完成した。
『すげぇ』
『完璧ねぇ。さすがだわ、ハンペータ』
仲間たちの声に目を開ければ、今までは森の木々に囲まれていた家の回りが、数本の木を残して霧に包まれていた。
[ 32/54 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]戻る