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 夕食を済ませて、湯浴みもして、湯冷めするぞ、とルフィルに急かされるままにベッドにもぐりこむ。一昨日くらいから一睡もしていないのに、眠気はまったく襲ってこなくて、ぼんやりと部屋を眺める時間。

 部屋の中を適当に片付けた時に見せてもらった、ハーンが整理した資料は、手書きの文書の山だった。文字が読めるのが不思議だったけれど、書かれてある内容はさっぱりわからなかった。何が出来る魔法なのか、どうやったらそれが使えるのか、懇切丁寧に書いてあるのに、うまく理解できなくて。

 僕にも潜在能力はあるのだから、勉強すればできるようになる、って高を括ってたけれど。今はそれがすごく重荷に感じる。だって、何が書いてあるのかはわかるのにも拘らず、ちんぷんかんぷんなんだもの。

 窓から月明かりが差し込むだけの暗い部屋の中、僕はただぼんやりと、ハーンの机を眺めた。ここに彼がいた証を。

『今日も眠れないのか?』

 ベッドの下にうずくまっていたルフィルが、もう寝たと思っていたのに、僕に話しかけてくる。そして、ベッドの上にひょいと飛び上がって来た。僕を踏まないようにしながら、僕の隣に潜り込んでくるから、僕も場所を移動してそこに隙間を作る。

『無防備だな。言ったはずだぞ? 俺は、ハンペータを愛してる。もちろん、性的な意味で、だ』

「かもしれない、とは言われたかも」

『愛してるさ。子供の頃のハーンとダブる分、余計押さえが利かなくて困る』

「それは、ハーンさんと間違えてるだけだと思う……」

『いや、俺が今愛しているのは、ハンペータだ。ハーンも、心の奥に残っているが、俺がいつまでもあいつに囚われていることを、あいつは喜ばないだろうしな。ハーンは、思い出の中にだけいれば良い。今は、こうしてハンペータがいる』

 どうして、断言できるんだろう。だって、僕はハーンの身代わりであって、僕自身が必要とされているわけでは無いし、それはルフィルだってそう言ったのに。

『ハーンとハンペータが同時期にいることはあり得ないから、どちらか一人を選ぶことは出来ないが、あの頃はハーンを愛していたし、今はハンペータを愛している。同じ気持ちだが、違う相手だとわかっているんだ。ハンペータは、ハーンの生まれ変わりだが、身代わりではない。皆も言うだろう? ハンペータはハンペータのままで良いんだ、と。無理をしてハーンの真似をしても、ハンペータも俺たちも、ハーンも、幸せにはなれない。自然のままが一番なんだ』

 僕の隣に寄り添って、僕の頬をペロリと舐める。慰めてくれているのだろう。その仕草がすごく優しくて、隣にいるぬくもりにしがみついてしまう。

 ルフィルに唇を塞がれた時も、僕はきっと、何をされているのか、正しく理解してはいなかったのだろう。

『ほら、抵抗しろ。このまま抱いてしまうぞ』

「僕は、男だよ?」

『あぁ、ハーンも男だったな』

 そうでした。なんだか、拒否の台詞としてはまったく意味の無い言葉だったみたい。

 だけど、それが拒否の言葉だとわかってはくれたらしい。キス以上のことは、されなかった。

 ……キス?

 そう、そうだよね。あれは、キスだ。

「ファーストキスなんだけど」

『おや、それはご馳走様』

 くっくっと笑っていて、反省の色は見えない。というか、嬉しそうだ。まぁ、返せ、と言ったところで、もう無理だけれど。

『ハンペータ。元の世界に、帰りたいか?』

 夕方の、僕が呟いた言葉を、誰かから聞いたのかもしれない。ルフィルはそこにいなかったから。

 けど、僕は正直に首を振った。

 帰ったところで、居場所なんて無い。待っていてくれる人も、心配していてくれる人も。イジメの対象がいなくなって困っているくらいで、支障は何も無いんだろう。

 道場の師範は、心配してくれるかもしれないけど。飲み込みは良くても基礎体力が不十分な僕は、可愛い弟子とは言えないだろうしね。

『無理は、しなくて良いぞ?』

「帰ったところで、居場所は無いよ。ここでなら、皆がいてくれる」

 僕が向こうでどんな扱いを受けていたか、ルフィルは知っている。家族の誰もいない豪邸で独りぼっちだったことも、学校でイジメられていたことも。

 だから、そうか、と頷いただけだった。

『帰りたい、と言うのなら、もう帰れないようにがんじがらめに縛り付けてやったのにな』

「縛り付けて、くれないの?」

『……煽るなよ。どういう意味か、わかっていないだろう』

「どういう意味?」

 聞いちゃいけない。そう、心の奥が警鐘を鳴らしていたけれど。そしてそれは、ルフィルが僕に覆いかぶさってきたときに、後悔に変わったけれど。

 でも、もう、ルフィルに縋りついてしまいたいのも、事実だったんだ。

『こういう意味だ』

 僕の耳元で囁いて、ルフィルのふんわりとした滑りのいい毛が頬を滑っていく。ペロリと味見をするように頬を舐められて、さっきは優しくて嬉しいだけだったのに、今はすごく気持ちが良くて。

 もう、何も考えたくなくて、僕はそのまま彼に身を任せてしまったんだ。





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