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 あの日から、今日で五日。

 人々はとっかえひっかえやってきては、朝から晩まで家の前で騒いで、夜の帳が降りる前に逃げるように帰っていく。

 正直に言えば、迷惑だった。でも、それ以上に、何も出来ない自分が、申し訳なかった。

 彼らは、ハーンに縋りにやってくる。ハーンならば助けてくれると思うから、危険だとわかっている森を通って、日があるうちに街に帰れるギリギリの時間まで粘るのだ。

 それだけ、ハーンだけが頼りだということ。なのに、その彼の後継者として呼ばれて、その役目を担うことを決意したはずの僕は、何も出来ずにただうずくまっているだけ。

 毎日、ディグダが言葉で説得し、ルフィルとドンファンが仲が悪いくせに一緒になって威嚇し、追い払おうとしてくれる。その彼らにも、申し訳ないと思うんだ。僕がもしかしてハーンの記憶かその力かを持っていたら、追い返すことも無いのに。僕がちゃんと自分に課せられた使命を果たせばいいんだから。

 考えれば考えるほど、僕はただ、落ち込んでいくしかなかった。何も出来ない自分がふがいないとは、まさにこのことだった。

 昨夜は、まったく眠れなくて、ひたすらに木刀を作っていた。ナイフを木の表面に滑らせて、少しずつ削っていく。そんな僕を気遣って、メリィアンがこの国の昔話をいろいろと聞かせてくれた。彼女の気遣いに心から感謝しているけれど、僕は何も返せなくて、ただ手を動かしていた。

 今日も、日が暮れる。外に人の姿がなくなって、西の空が赤く染まった時刻。

 カウチの足元に寝そべって、残り少ない日差しを浴びるレイリーの側で、僕は深いため息をつく。家の中からは良い匂いがするのだけれど、食欲が湧かなくて、ここ数日はスープを少し口にしたくらいだ。

 僕がぼんやりしている目の前では、ドンファンとライアンが手合わせをしていた。混合種と単独種では言葉も通じないのに、お互いに傷を負わせることもなく、でも本気で相手を倒しにかかっている。仲間なんだなぁ、と実感する。

 そうなんだ。ハーンがいない五十年間も、彼らは仲間として共同生活を続けたんだ。各種多様な混合種たちに、言葉の通じない単独種のレイリーもライアンも、さらに言葉が通じないルーシーも。

 僕が来る必要なんて全然なくて、皆に気遣われている分、僕はなんだかお客さんみたいで、ここにいて良いのかなぁ、なんて思ってしまうくらい。

「ヴァンフェスに、来るんじゃなかったかなぁ」

 思わず、声に出ていた。

 小さな声だったと思うんだけれど、僕の周りにいた皆の動きが、ぴたっと止まった。

 真っ先に駆け寄ってきたのは、ライアンだった。祖父のレイリーの尻尾をむぎゅっと踏んで、僕に身を乗り出す。

『そんなっ! やだよ、ハンペータ。ここにいてよ。帰っちゃダメだよ』

 ……帰る?

 そんなこと、考えもしなかった。そうだよね。こっちには、向こうに行って帰れるだけの手段があるのは、ルフィルが実証済みなんだから。

 帰ろうと思えば、帰れるんだ。僕は元々、この世界の人間じゃないんだし。

 ……元々、向こうの世界の人間でも無いんだ。僕自身まったく把握していない、でも確実に備わっている不思議な力は、確実に僕がヴァンフェスの人間であることを告げているのだから。

「僕は……」

「あなたは、あなたですよ、ハンペータ。ハーンになろうだなんて思わなくて良いんです。そのままのあなたで、ここにいてください」

 わざわざ人間の言葉を口に出して、ディグダがそう言った。家の中にいて、聞いていなかったと思うのに。

 彼の大きな手で頭を撫でられて、少しだけ気持ちが落ち着く。

 なんだか、不安定になってる。

『食事にしましょう。今日は、ハンペータがちゃんと食べてくれるように、柔らかいシチューにしましたよ。少しだけでも、食べてくださいね』

 いつもの混合種の言葉に戻って、僕を立つように促す彼に、僕は自然に縋りついた。体力が落ちていて、転びそうになったから。

 ちゃんと、食べなくちゃね。

 わかっては、いるんだけれどね。





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