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 さらにその翌日のことだった。

 僕は森を歩いていた。ルフィルとドリスがお供に従ってくれた。ルフィルは僕の護衛のつもりだし、ドリスには僕の目的を手伝ってもらっている。

 木刀を作ろうと思ったんだ。皆に守られっぱなしなのも申し訳ないし、自分の身は自分で守るだけの力を持っておきたいから。空手では、筋力修行にはなるけれど、やっぱり僕には専門外で、身にならない。

 それで、木刀に丁度良い枝を求めて、森に入ってきたわけ。ついでに、夕飯の食材も調達してこい、とは、ディグダのお達しだ。

 僕の背中には、古い弓と数本の矢が背負われている。ハーンが昔使っていた弓だそうで、ずっと手入れをしていないからもう実戦には役に立たないほどに脆くなっている。ただ、使えないことも無いので、狩に使うことにしたんだ。ボキッと折れてしまったらそれまでだ。

 家の周囲の森は、街から続く一本道以外はすべてが獣道で、その割には枯れ枝や木の皮がクッションになった歩きやすい道になっていた。人が歩いた形跡は無いから、純粋な獣道だと思うけれど。

 木々の隙間から零れ落ちる木漏れ日が、うららかな陽気を僕たちのところまで届けてくれる。今日も過ごしやすい気候だった。

 散歩がてら、のんびり歩いてしばらくして。僕の足音以外には風に揺れる木の葉の音しかしない森の奥から、高い声が聞こえてきた。ケーン、とでもいうその声は、雉か、鹿か。少なくとも、動物の鳴き声。

 もし混合種だったら、本来草食の種族でも肉食になっていて、身が固くて食べられたものじゃないと聞いているから、その声を今日の食料と見ても良いものか、僕にはまだ判断が出来ない。

 だって、混合種でも単独種でも、見た目はほとんど変わらないんだから。

『あれは、鹿だねぇ。狩って帰ったら、みんな喜ぶよ。久しぶりのご馳走になる』

「見える?」

 僕の肩に翼を休めていたドリスが、少し舞い上がってそう言うから、僕は彼を見上げて問いかけた。矢が届く範囲なら、彼らに狩りを任せるよりも、一発致命傷を与えられるかもしれないし。

 背中に背負った弓に手をかけながらの問いに、ドリスは僕の肩に戻ってきながら答える。

『見えるよ。ほら、あっちのナラの木の影』

 促されてそっちに目を向ける。見つければ、大した距離ではなかったこともわかった。向こうもこちらに気付いているようで、じっとこちらの動きを見つめていた。目が合ってしまった。真っ黒な、無垢な瞳に見つめられる。

『殺さないで。死にたくないよ。恐いよ、やだよ、死にたくないよ』

 こちらにいるのが、猛獣である黒豹と猛禽類の王様である大鷲なのはわかるらしい。僕に言葉が伝わっているとはわかっていないのだろうに、訴える声が届いて来る。逃げ出さないのは、足が震えているせいらしい。動けば逃げられないことはわかっていて、でも、立ち止まっていても逃げられないこともわかっている。逃げ出すタイミングを見計らっているようだ。

 僕は、弓にかけた手を、下ろした。あんなに必死に訴えられて、僕に生物を殺せるわけがなかったんだ。

「言葉がわかるって、こういうことなんだね……」

 僕には、狩りは無理だ。どんな生物だって、自分が死ぬのは嫌だし、食べられるのも嫌なはず。悲鳴は悲鳴に聞こえても、言葉がわからないから、捕食者は自分の食料として生物を狩る。言葉がみんな伝わってしまったら、肉食獣は生きていけないのだろう。

 僕は、菜食主義者にでもならないと、一人では生きていけない。狩りの腕がもしあっても、生物を殺すことはできないから。

 そんな僕を不思議そうに見ていたドリスとルフィルは、それでもその鹿を狩ることはしないで、僕に道の先を促した。

『ドリス。ハンペータについて、本来の目的を済ませてくれ。俺はそこらで食料を調達して先に戻る』

『りょーかい』

 二人の間で役割分担が元からされていたように、簡単な会話を残して、ルフィルは元来た道を戻っていってしまう。僕はその後姿をただ見送るしか出来なかった。

 だって、僕が落ち込んでしまったのが理由なのは、考えるまでもなくわかるから。

「……ごめんね」

『あはは。だろうと思ってたんだよ。ハーンもね、結局最後まで、狩りには出かけなかったんだ。命をもらったんだから、って、ちゃんと残さないで食べてくれてたけどね』

 まるで、こうなることがわかっていたとでも言うように、ドリスは簡単に笑って言ってのけた。それが本当のことなのか僕を傷つけないためなのかはわからないけれど、ハーンでもダメだったんだから、っていう言葉は僕にとって免罪符にも等しかった。





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