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 珍しく早寝早起きをしたせいだと思うんだけど、お昼を食べたら眠くなってしまって、僕は庭に日向ぼっこに出た。丁度良いカウチのすぐ足元にはレイリーが寝そべっていたから、僕はそのカウチの上に上って足を伸ばす。

 寝ていたわけではなかったらしく、レイリーは片目を上げて僕を見やった。随分歳を取ったその顔には、深い皺が刻まれていた。それに、目元に大きな傷。

『ワシの孫は気に入ったかね?』

 ハーンがいた頃にはきっとライアンくらい若かったのだろうけれど、今では随分と老齢のおじいちゃんで、僕を孫を見るような優しい目で見てくれる。虎としては長寿の方だろう。

 その彼が少し心配そうに聞いてくるから、僕はその心配を払拭するように笑ってあげた。

「うん。元気が良いし、とてもカッコイイし。レイリーは心配?」

『いや、そうじゃな。ワシの自慢の孫じゃ。好きなだけこき使っておくれ』

「こき使うなんて。僕の方こそ、みんなにいろいろ教えてもらわなくちゃいけないのに」

 この世界に来るということは、僕の前世だというハーンの身代わりになることだと、覚悟はしている。けれど、未熟者なのは否定の余地が無く、この世界に対してあまりにも無知なのもその通りだから、僕が彼らの上に立つことは出来ないと思うんだ。少なくとも、今はまだ。

 けれど、その僕の台詞に、レイリーはさらに目を細めてくっくっと笑った。

『謙虚な若者じゃな。ほほ、結構結構』

「でも、本当のことだよ。僕はまだ、何も知らない」

『それは、皆が教えてくれる。のう、ハンペータ。死にゆくジジィの戯言を、聞いてくれるかの?』

「死にゆく、なんて、寂しいこと、言わないで」

『何。ワシはもう長くはもたぬよ。寿命の短いもの順、歳の順に、天に召されるのが生きるものの定め。寿命の長い混合種でも同じことじゃ。じゃがの、ハンペータ。命は尽きようとも、その者が生きた証は、この世に残るもの。その証をどれだけ残したか、それがその者の価値に繋がる。ならば、ワシの生きた証をハンペータにも残していきたい』

「うん。聞く」

 ここまでの覚悟を聞かされて、僕には何の拒否も出来なかった。身体を起こして、彼を見つめる。それが、僕に出来た精一杯の姿勢だから。

 レイリーは、そこに寝そべった格好のまま、優しく目元を和らげた。

『ハンペータにとっては、ハーンの生まれ変わりを重圧と感じることもあるかも知れん。じゃがな。ハーンだって、けして出来た人間ではなかった。悩み、苦しみ、人を愛し、傷つき、それでも懸命に生きた、ただの人だ。ほんの少し、他人よりも特別魔法の力に長けていただけのことだ。それを自分自身で理解していたから、あの人は常に謙虚で真摯で遠慮を知る人だった。ハンペータも、ハンペータのままで、自分のできることを精一杯すれば良いのだよ。ただ、人々から受ける扱いやその持てる力を過信し、傲慢に生きることだけは、しないで欲しい。それだけだ。ハンペータはハンペータらしく、皆に優しく明るく楽しく、この森で生きていてくれれば良い。他は、皆が助けてくれる。皆、ハーンの優しさに惹かれて集まってきたのだ。そして、同じ優しさをハンペータの中に見ることができるから、皆あっさりと受け入れた。本当の優しさは心根から湧き出るもの。上辺だけ繕っても看破されるだろうし、そんなハンペータならば皆の方から離れていくじゃろう。すべては、ハンペータ自身がどうあるか、が導く。そのことだけを、心に刻んでいておくれ』

「僕、自身?」

『そう。ハンペータ自身じゃ』

 僕の問い返しに頷いて、レイリーはふと青い空に目をやった。僕もその視線を追って、空を見上げる。

 東京では見ることの出来なかった、透き通った青い空。深い深い、青。

『人間という種族は、知恵の生物じゃ。牙を持たずとも、器用な指で武器を作り出し、ワシら単独種の上位に君臨する。えてして、傲慢で貪欲な生物じゃ。混合種を作り出した神々も、元は人間だという。その彼らを知っているから、ワシら単独種は人間を敵対視する。ある意味、混合種よりも危険な生物じゃからの。自らの命を守るために、敵視するしかない。じゃがの、その中でハーンだけは違ったのじゃよ』

「ハーン、だけ……」

『あぁ、ハーンだけじゃ。そう多く人間を知っているわけではないが、少なくとも行動したのはハーンだけじゃからの。彼は、自分が人間であり、あの神々と同じ種族であることを認めて、その上でどうにか共存する術を模索しておった。混合種に限らず、単独種とも言葉を交わし、歩み寄ることの出来る位置を探し、提案して回った。最初は誰も耳を貸さんかった。いくら言葉がわかるとはいえ、人間の言うことじゃ。信用ならん。それに、連れていたのはあの一匹者の混合種ルフィルじゃ。単独種はもちろん、混合種も警戒しておった。今に伝わる大賢者は、ただ根気良く自分のできることを精一杯やっただけの人間じゃった。じゃが、その根気こそ、誰にも真似のできないもの。皆、ハーンの熱意に折れたのじゃよ。単独種ではワシら大虎の最長老を説き伏せたことで次々と彼を受け入れたし、混合種もこの辺りでは一番の力を誇る獅子種の群れのボスを説き伏せたことが大きかったのじゃ』

 レイリーから聞く話は、ハーンの過去は何も知らず、大賢者という肩書きだけを知っている僕にとっては、興味深い話だった。言葉で聞けば簡単だけれど、話して説き伏せるなんて、簡単には行かない。誰でも話せば理解してくれるなら、僕だってイジメられてなかっただろうしね。だから、すごいと思う。ただ、それは、実在していた人間としての尊敬で、大賢者という肩書きに対して感じていた存在の大きさとはまったく別物だった。なんだか、もっと身近に感じるんだ。

 ハーンの功績を懐かしそうに語ったレイリーは、再び僕に視線を向け、真剣な表情を見せた。

『皆、あの時のハーンの熱心な顔を知っているし、惚れ込んでおる。じゃからこそ、一匹も欠けることなく生まれ変わりが戻ることを待っておった。言葉が通じる力なぞ、本当は二の次なのじゃよ。彼の優しさと熱意とすべての生物を愛する心が、皆を繋ぎとめておった。今でも、変わりない。ハンペータがこの先どうするかは、ハンペータが決めれば良い。ハーンの真似をする必要は無いし、おそらくは真似する必要もなかろう。素養はある。ハンペータは、ハーンのことなど気にせず、自分らしく出来ることをやってくれれば良いのじゃよ』

「僕に出来ること、あるかな?」

『難しく考えることは無い。まずは、この森で平和に暮らすことじゃ。この世界に慣れ、前世から引き継いだ力を育て、暮らしが落ち着いたら、改めて考えれば良い。皆、安心してのんびり暮らすことを望んでいると思うぞ』

 そもそも、共存する方法を模索、という事自体が、平和に安心して暮らせる社会を求めての行動なのだから、とレイリーは理由をつけ、再び遥か遠くの空に目をやった。

『いつの日か、このヴァンフェスに生きるすべての生物が、正常な生態系の中で自然な営みを送れる日が来ると良いな』

「それ、僕にできるんだろうか」

『なに、ハンペータが行動する義務などないさ。それぞれの地域がそれぞれに行動すれば良いことじゃ。ヴァンフェス全体なんぞ、ハンペータのその小さな肩には重過ぎるぞ。無理して背負い込むことなどない』

 ほっほっと笑うその年寄りくさい笑い方に、僕は不安に思っていた肩の荷が少し軽くなった気がして、つられて笑った。

『今日も良い天気じゃ。昼寝には丁度良いな』

「ごめんね、お昼寝の邪魔して」

『ワシの方こそ、じゃな』

 顔を合わせて笑顔を交わし。レイリーが目蓋を下ろすのを見送って、僕もカウチに再び足を伸ばし、目を閉じた。

 うららかな日差しが、気持ち良かった。





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