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 森に入ってすぐ、僕はドンファンの首輪をはずして、隣を歩いた。身体が大きくしなやかな足取りで歩くドンファンは、きっと普段はもっと速いのだろうけれど、僕の隣をキープしてくれる。胸を張るその姿は頼もしい限りだ。

 森に隠れるように建つその家は、森の木々の向こうにその姿が見えるとあっという間に到着する。

 庭では、二匹の大型猫が戦闘中だった。一方はルフィルで、もう一方は虎柄。レイリーの孫、ライアンだった。周りを仲間たちが囲んでいて、二人を真剣に見守っている。観衆に混じって、老齢の大虎レイリーの姿もあった。

 まるで審判役のように中央に立って眺めていたディグダが僕たちに気付いて、二人に声をかけた。

『そこまでっ』

 その一喝にしたがって、二匹は今にも飛び出しそうに身体に力を漲らせたまま、ピタリと止まった。大きく威圧感のあるレイリーの姿も迫力があるけれど、ルフィルの筋肉しかなさそうなしなやかな肢体で無駄のまったく無い動きは、美しくすら感じられた。ずっと見ていたいくらい。

『ハンペータのお帰りだ』

 途端、二匹ともあっさり臨戦態勢を解き、こちらを振り返った。

 っていうか、組み手の鍛錬中だったみたい。邪魔しちゃったかな。

 僕を気に入ってくれたらしく、ディグダが僕を迎えに来てくれた。僕のほうも近づいていたから、あっという間に皆に囲まれる。

『お帰り、ハンペータ』

「ただいま。邪魔しちゃった?」

 まさに接戦といった感じだったから、中断してしまったのがもったいなくてそう問いかける。その問いに、いつの間に隣に来ていたのか、ルフィルが僕の腰辺りから見上げてきて首を振った。

『だいぶ成長したが、まだまだだ』

 いつの間にか、もう片方の隣には先ほど組み手の相手をしていたライアンがいて、こちらも首を振った。

『ルフィルには敵わないよ。もんのすごく手を抜かれてたもん』

 まだ三歳の若いライアンが甘えた口調でそう言って、僕は思わず笑ってしまった。確かに、ライアンは息が切れているけれど、ルフィルは平然としたものだ。単独種と混合種の種族の差もあるけれど、経験の差だろうね。

「みんな、真面目だね。いつもこうやって鍛錬してるの?」

 偉いね、僕も見習わなくちゃ、と思って、誰にとも無く問いかける。と、何故か全員が僕を見つめ、揃って首を振ったんだ。

 っていうか、そんなに力一杯否定しなくても、って思うんだけど。

『ハーンがねぇ、朝早くから頑張ってるからさぁ。みんな触発されちゃったんだよ〜』

 モーリーの気が抜けるようなのんびりした説明に、今度は全員で一斉に頷く。

 僕の、せい?

『良いことよ。ハンペータが来てくれたことで、また活気付いてきたんだもの。ハーンが死んでから、みんな怠けちゃって見てられなかったのよ〜?』

『あら、ノーラ。あなただって同じでしょ? ウサギだからって言い訳は通用しないわよ。戦力として役に立たなくたって、護身術は身につけておけって、ハーンの言葉、忘れたの?』

『シースーだって人のこと言えないじゃない? ちょっと変身すると筋肉痛になっちゃうなんて、混合種として恥ずかしいわよ?』

「まぁまぁ。二人ともやめなって」

 この二人は、仲が良いんだか悪いんだか。それ以前に、二人とも、運動不足は自慢にならないよ?

 どっちもどっちな言い争いに苦笑して、皆に囲まれて玄関をくぐる。途端に、いい匂いが鼻をくすぐった。お昼ご飯、作っておいてくれたんだ。

 用意しておいてくれたスープの中には、ぶつ切りのお肉が贅沢に入っていた。そういえば、何のお肉だろう。昨夜の夕飯でも気にしてなかったけど。

『ハンペータ、ウサギ肉、好き?』

 単語を区切り区切り問いかけるトーレンの男の子らしい声に、僕は思わずノーラを見やってしまった。ノーラは混合種だから肉食だけれど、一応兎種だし、当然の反応だったと思うんだけど、彼女と目が合ってしまって気まずい。

 ノーラは、僕が困っているのに笑い飛ばして見せたけれどね。

『やぁね、ハンペータ。あたしの肉じゃないわよ? トーレンが今朝捕ってきたのよ。この辺のウサギは美味しいんだから』

「僕、ウサギって食べたこと無いよ」

『あら、そうなの? じゃあ、お肉は何のお肉を食べてたの?』

「豚とか鶏、牛。馬とか羊とか猪とかもあるけど、街では食べられないから、僕は食べたこと無い」

 へぇ、と相槌を打ったのは、なんと集まった全員だった。それから、昼食もそっちのけで、僕がいた世界の話をせがんでくる。それを、ディグダは手を打って止めてくれた。

『その話は昼食の後にしよう。みんな、席について』

 さすがリーダー。しっかりしてる。頼りになるなぁ。





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