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昨日、通り抜けたときはほとんど人気が無く寂れた印象だった城下町は、朝市にはさすがに賑わうらしく、人がいっぱいだった。
僕の隣には、自分から首輪をつけてそこから伸びた紐を僕に持たせたドンファンがいた。本当は狼種なんだけれど、飼い犬になりきって僕の護衛なんだって。
他の皆は、一緒に朝市を巡るには誤魔化しきれない格好をしているから、ドンファンが選任されたわけだ。一緒に来たがったルフィルが悔しそうだったのが印象的だった。
『やっぱ、人が減ったなぁ』
それは、ハーンのいた五十年前と比較しているのだろう。独り言になってしまうので声に出しては返事が出来ず、僕は彼を見下ろして首を傾げる。辛うじて大型犬のサイズに納まっている彼は、僕を見上げた。
『混合種の脅威は、街にも及んでるんだろうな。ハーンが現れる前はこんなだったから、元に戻ったってことなんだけどさ』
ふぅん、と返すくらいなら、怪しまれることも無いだろう。ドンファンが、僕の頭の中で笑っている。顔に出さない辺り、取り繕いは完璧。
僕の周りは、さすがにこんな大型犬では警戒もするらしく、みんなが僕とドンファンの周りを避けていく。よく躾けられた大型犬は、大概が大人しいものなんだけれど、この街にはここまで大きな犬はいないのかな。
まさか、混合種だとバレてはいないだろうけれど。
目的の衣料品店の前で、彼のリードを店先の看板に結びつけ、店内に入る。町人向けの衣料品店には、新品の上着と肌着、それに古着が置いてあった。
まだ成長期の僕に新品はもったいないから、肌着と古着を何着か選んで、昨日シィンに貰った金貨を渡した。小銭も入れてくれたら良かったのに、金貨しかなかったんだ。
店主は、金貨で買い物をする相手など今までいなかったのか、その一枚を見た途端に僕と金貨を見比べて固まった。
「あんちゃん、これ、どうしたんだい」
やっぱり、僕のこの格好で金貨は不釣合いだよなぁ。買い物も、大した金額ではないし。
「なけなしのへそくりに手を出すしかなくなっちゃって。もしかして、お釣りない?」
「バカ言うなぃ。引っ掻き集めりゃ、つり銭くらいできるさ」
ちょっと待ってろ、というと、店主は慌てたように奥に引っ込んで行った。
こっちの通貨事情は、今朝ディグダに教えられたばっかりだ。この金貨一枚で、肉牛が一頭買えるらしい。ということは、僕の知っている通貨に換算して、何十万単位ということだろう。
この金貨を五十枚くれたのだからびっくりだ。何年分のつもりなんだろう。物価も安そうだし、こんなにいらないと思うんだけど。
っていうか、まず使いにくいのが問題だけどね。
しばらく待っているうちに、店の外が騒がしくなって、僕は気になって外へ出た。
店の周り、正確にはドンファンの周りを、野次馬が囲んでいた。そして、警備兵らしい人が二人、ドンファンの隣に立っている。大騒ぎになっちゃった。どうしよう。
「あの。うちの子が何かしましたか?」
周りの喧騒をしっかり無視して行儀良く伏せているドンファンの隣にしゃがみ、僕は彼らを見上げた。こんなに大勢の人に囲まれた経験が無くて、目が潤んできてしまう。
そのうるうるの目が良かったのか、警備兵の態度が軟化した。
「こんな化け物……いや、失礼。通常以上の大型犬を、店先に放置してはいかん。誤って通行人を噛んだりなどしたら、大問題だぞ」
「それは、すみません。買い物が済んだらすぐに帰ります。お騒がせしました」
どうやら、町の人にまで僕の存在は知られていないらしい。ハーンが亡くなって五十年が経過していては、六十過ぎの老人で無い限りはハーンの顔も知らないのだろう。
ちょっと身構えてはいたんだけれど、みんなが大丈夫だと言うから、顔を隠さないで来たんだよね。警戒する必要すらなかったみたい。
店先で僕が謝っていると、中から品物とお釣りを持ってご主人が出てきてくれた。店先での騒ぎに驚いている。
「あんちゃん。待たせたね」
「いえ。ご無理を言ってすみませんでした」
本当に、店と自宅中をかき集めて来たみたいな、小銭の山。金貨一枚でお釣りが大量に返ってくるから、と持たされた財布に入れてもらい、僕はドンファンの首輪に繋がったリードを看板からはずす。
「またおいで」
「はい。ありがとうございました」
ご主人は、へそくりを持ち出してきた話に同情してくれたのか、ドンファンの姿を見ても顔色一つ変えず、僕を笑顔で手を振って見送ってくれた。
立ち去ったその場所が、何故か再び騒ぎになっていたけれど、僕たちは逃げるように街を後にした。
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