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 ルフィルがハーンに初めて出会ったのは、ハーンが近所の悪ガキどもに苛められて逃げている最中だった。人が一人入り込めるほどの狭い路地に飛び込んだハーンが、黒い物体に躓いて派手に転んだ。その黒い物体が、傷だらけでそこに潜んでいたルフィルだった。

 神々の実験施設から逃げ出したルフィルは、施設から五百ドーリほど離れたこの付近に身を隠して百年を過ごし、ようやく平穏な生活を取り戻したところだったのだが、運悪く獅子種の混合種の群れといさかいを起こしてしまい、傷だらけになりながら命からがら人間の都に逃げ延びてきていた。いくら混合種の群れと言っても、高い城壁に囲まれた都で何万という人間を相手にするほど無謀なことはしない。仲間のいないルフィルにとって、一時しのぎとはいえ、他に選択肢は無かった。

 いじめっ子たちから逃げていたはずのハーンは、傷だらけのルフィルを自宅に招きいれ、自室に匿って熱心に看病してくれた。家への帰り道でいじめっ子に会ってしまわないとも限らなかったのに、ルフィルを優先してくれたのだ。

 その優しさに、ルフィルは胸を打たれた。実験施設でも潜んで暮らした森でも、ルフィルは常に独りぼっちだったから、自分に無条件の優しさを向けてくれるハーンに絆されてしまったのだ。美味そうな餌のはずなのに、ハーンに対してはまったく食欲が湧かなかった。

 傷もだいぶ良くなった頃、ハーンはルフィルの言葉がわかる自分に気付いた。その日から、ハーンの人生はガラリと変わってしまったのだ。

 元来、慈愛に満ちた性格の持ち主だったハーンは、ルフィルとの会話を通じて混合種の事情を知り、話が通じるならば話せばわかる、の信念の元、自分を守るための魔法を身につけ、ルフィルをお供に従えて、森の混合種や動物たちと話合って回った。

 その中で友情を育んだ十一の獣たちが、後に大賢者の眷属と呼ばれるようになる仲間たちだった。

『人間という生物は実に身勝手な生物だ。ハーンを意気地なしだの役立たずだのと罵った過去はすっかり忘れ、我々混合種との交渉が実を結ぶにつれ、大賢者様と崇めたて、昔から見込みのある奴だと思っていた、などと抜かしやがる。何度、その喉笛を噛み切ってやろうかと思ったことか。ハーンは優しいから、俺がそうやって憤る度に何だかんだと理由をつけて俺を抑えてくれたけどな』

 はは、と自分の短気を笑い飛ばし、しかし、すぐに悲しげに視線を伏せた。

『ハーンは不老の術を自分にかけたと説明しただろう?』

「うん」

『あれは、俺を一人にしないと約束したためだったんだ。もちろん、自分が定めた目標のためには人間の寿命で死んではいられない事情もあったが、それは後からとってつけた言い訳に過ぎなかった。俺と約束したのさ。今までずっと独りぼっちだった俺を、もう独りにはしない、と。そのために、俺と同じ寿命を生きることを選択してくれた』

「でも、先に死んじゃったんだよね?」

 だから、生まれ変わりとして、僕が今ここにいる。そうだ、とルフィルも頷いた。

『不老ではあっても、不死ではなかった。不死の術など、ハーンは知らなかった。あの頃、混合種と他の生物との仲を取り持つハーンの存在に、神々が気付いて抹殺を仕掛けてきた。まさに、目の上のタンコブだったのだろう。ハーンが魔術師として名を上げて、混合種たちに説得して回るようになって、たった二十年で出した成果だ。このバル王国周辺だけで納まるなら捨て置いただろうが、平安の時間を五年ほど過ごした実績から、さらに範囲を広げるために活動を始めた時だったから、神も焦ったのだろう。神々が率いる混合種の軍と、バル王国周辺の野生混合種と猛獣の連合軍とが、互いに牙を向き合った。その時、こちら側の指揮を取ったのがハーンだ。まだ、五十歳の若さだった』

 僕にとっては、十分生きた年齢だとも思う。日本の戦国時代なら、人生五十年、だ。けど、ハーンはルフィルと千年をゆうに超える年月を共に生きようとしていた。その矢先の死。さぞ無念だっただろう。それに、残していく恋人が心配だったに違いない。

 ルフィルがハーンを心底愛していたことが、そして、ハーンもまたルフィルを愛していたことが、痛いほどにわかる。だから、同性同士異種族同士なんて禁忌は、僕もすっかり忘れていた。もちろん、僕の前世だと言われているハーンを、それに僕を側で見守っていてくれるルフィルを、嫌いになりたくなかったから、頭で理解しようとはしていたけれど。そんな努力、ルフィルの話を聞いた今では、必要なかった。

『あれから、五十年。俺はいまだに、ハーンの死を乗り越えられないでいるのかもしれない。彼と共に過ごした時間よりも、彼を失ってからの時間の方が長くなってしまったというのに。時折、無性に悲しくなる。涙が止まらない夜も、今でもわりと頻繁だ。これでも、眠れるようになった方なんだよ』

「向こうの世界にいた時は、ぐっすり寝てたよね」

『そうだな。珍しいことだ』

 それが、僕をハーンと思っていたからの作用だったとしたら。僕はそれでも良いと思った。ルフィルの前で、頑なに僕はハーンじゃないなんて言うのは、申し訳ない気がして。

 もちろん、僕はやっぱりハーンとは別人だから、恋人にまではなれないけれど。

『ハンペータも、側にいると空気が優しいから、そのせいかもしれないな』

「煽ててる?」

『事実を言っているまでだ』

 さ、話は終わりだ。そう締めくくって、ルフィルが少し身動きし、寝る位置を確かめる。僕も彼の暖かい身体に擦り寄って、狭くて硬いのも気にせず、目を閉じる。

『ハンペータ』

「ん?」

『聞いてくれてありがとう。少し楽になった』

「役に立てたなら良かったよ。おやすみ」

『あぁ。おやすみ』

 幸せな夢を見てね。ルフィル。





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