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 ルフィルの寝床は、ハーンのベッドの下。僕の部屋に居候していたときと同じように、クッションを敷いて毛布をかけて丸まる。

 僕は、当然のようにハーンの使っていたベッドを使うことになった。そもそも、人が眠れる場所はここしかないのだそうだ。

 普段から夜中まで起きている習慣がついているから、疲れてはいるけれど眠くならず、じっと天井の節を眺めた。

『眠れないか?』

 向こうにいた時は自分だけさっさと眠ってしまったくせに、ルフィルは僕が起きているのに気付いて声をかけてきた。それに、僕も素直に肯定の返事をする。

『眠っておけ。明日は朝早くに起こされるぞ』

「うん。だろうね」

 ルフィルの早寝早起きを見ているから、それがここのリズムだとすれば、容易に想像はつく。だから、これもまた肯定の返事をした。

 それから、あらためて部屋の中を見回してみた。

 古い机にはたくさんの書物やメモ紙が散乱していて、大きなガラス質の球体や望遠鏡らしきもの、天秤にランプ、地球儀のようなクルクル回せる球体の置物などが、部屋のあちこちに置かれていた。一応片付けられているのだろうけれど、なんとなく雑然とした感じの部屋だ。生活感に溢れている。

 その中に、絵を見つけた。窓から入ってくる明かりを頼りに目を凝らせば、そこに描かれていたのはルフィルの姿だった。

「これ、ハーンさんが描いたの?」

『ん? ……あぁ。そうだ。懐かしいな。ここに飾ってあったのか』

「ずっと、この部屋で寝起きしてたんじゃないんだ?」

『ここは、五十年前から昨日まで、誰も入っていない。ハンペータを迎えるために、今日皆で大掃除をしたのさ。ハーンが残した本や書類は、文字が読めるようになったハンペータの勉強に役立つだろうから、そのままにしてある。後で自分で片付けると良い。ここをハーンが最後に出たのが、神々との戦が始まった混乱期だったからな、いろいろ散らかしっぱなしだったよ』

 ふっと、遠い目をするルフィルが、僕には痛々しく映る。そっとベッドを降りて、ルフィルの隣に腰を下ろした。しなやかな筋肉に覆われた背中に、ちょっとだけ体重をかけてみる。

「ハーンさんの、恋人だったんだってね」

『……誰に聞いた』

 ルフィルの声がすごく低くて、僕はびっくりして身体を起こし、ルフィルの表情を覗き込む。不機嫌に眉をひそめて、宙を睨みつけるルフィルが、恐かった。

「聞いちゃいけなかった?」

『いや……。ハンペータが気を悪くしなかったのなら、別に構わない』

「本当?」

『あぁ。……そうか、ディグダだな? 一緒に料理を作ってくれていた、あの時だろう』

 まったくお節介め、と続いたボヤキに、そんなに怒っているわけではないことを悟って、僕はほっと胸を撫で下ろす。

 ルフィルって、やっぱり混合種の黒豹なんだなぁって、今更認識してしまった。本当に、恐かったんだ。

 僕があからさまにほっとしたことで、恐がらせたことをルフィルもわかったんだと思う。意図的に目元を和らげ、また遠くに視線をやった。

『今でもまだ、ハーンが死んだことを受け入れきれていないのだろう。いけないとわかっていても、ハンペータの中にハーンの面影を探してしまう。ハーンとハンペータは別人だとわかっていて、だが、ハンペータに惹かれてしまう自分を抑えられない』

「僕に?」

『そう。外見だけでなく、性格も似ているからな。控えめでおっとりしている割に自己を主張できるし自分の意思は曲げないタイプだ。違うか?』

 うーん。違うか、と言われても、自分じゃわからないけど。控えめでもおっとりでもないと思うよ、僕は。

『ハンペータのいた世界でも爪弾きにあっていたが、そんなところまでハーンに似ている。きっと俺は、ハンペータを愛するようになるのだろう。それが、ハーンと区別できているのか、自分でもわからないまま。外見だけなら区別することは出来ても、性格までこうもそっくりでは他人と認識する方が難しいぞ』

 ……そんなこと、言われてもねぇ。それって全然僕のせいじゃないしさ。僕は、ハーンを知らないんだから。

 っていうか、そんなことより、今、問題発言じゃなかった?

「ハーンさんって、いじめられてたの?」

『性格が優しくおっとりしていたからな、からかいやすかったのだろう。俺が初めてハーンに出会ったのは、ハーンが丁度ハンペータほどの歳の頃だったが、同年代の連中から使いっ走りにされたりからかわれたりで、毎日生傷が絶えなかったよ。混合種の俺が不憫に思うほどなんだから、よっぽどだろう』

 それは確かに、よっぽどだ。ルフィルの自己申告によれば、混合種というのはその種族に関わらず凶暴凶悪なものらしいから、つまり、凶暴凶悪に振舞うことが出来るほどの理性しかないはず。その混合種から見て、不憫だなんて、よっぽどだ。

「その頃のハーンさんって、まだ魔法使いではなかったの?」

『なかったな。ただ、この世界で潜在能力を時折暴走させていたら嫌でも力に気付くからな。それを抑制する力は育てていたようだ。ハーンが魔術師として修行を始めたきっかけが、俺だった』

 僕が話の続きを聞きたがったことで、ルフィルも話す気になったらしい。ベッドの上から毛布を引き摺り下ろして僕にかけると、懐かしそうに目を細め、昔話を語りだす。

 それは、ハーンの側でずっと見守ってきた彼だからこそ話せる、ハーンの生涯の物語だった。





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