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 夕飯を作るのは、人の姿が取れる分、調理器具を上手に扱えるディグダの役目らしい。人型といえばルーシーもそうだけれど、有翼人種の知能レベルは人間の五歳児程度が最高で、比較的賢いルーシーでも、さすがに危なっかしくて包丁も持たせられず火も扱えないらしい。

 その手伝いを、僕は買って出た。だって、今のところ何も出来ないのだから、そのくらい手伝わなくては共同生活者として申し訳ないし。

 その代わり、薪割りは外で力持ちのモーリーが担当していた。家事はすべて、仲間たちで分担しているようだ。

 獣の姿では台所にいても何の役にも立たない仲間たちを追い払って、ディグダは手際よく肉や野菜を調理していく。僕は本当にお手伝いでしかない。

 ドラゴンは何も無いところから火を生み出すことが出来るらしく、火種は一切不要だった。かまどに薪を組んで、ディグダがその近くで指を鳴らす。やることはそれだけ。爪の摩擦で火花を散らして、あっという間に燃え広がるのは、魔法のようだ。

 料理に使う野菜は、すべて仲間たちが手分けして育てた畑の収穫物なんだって。これもハーンが残した彼らの仕事なんだと、ディグダは自慢するように胸を張った。

『まったく、よく出来た人だったよ、ハーンは』

「どうして亡くなったのか、聞いてもいい? 不老の術を自分にかけてたって聞いたけど」

『あぁ。五十年前、神々との戦が原因だ。敵の放った矢がハーンの心臓を貫いた。即死だったよ。ルーシーも手が施せなかった』

 これだけ多くの特殊能力を持った仲間がいて、治癒能力を持つ仲間もいて、自らに不老の術をかけて、どうすれば死ぬのか不思議になるほどの彼が、それでも命を落とした理由。ハーンを心から愛していた彼らに直接聞くのは忍びなかったけれど、どうしても聞かないわけにはいかなかったんだ。

 話して聞かせてくれたディグダの口調は淡々としたものだったけれど、苦しそうに悔しそうに眉根は寄っていたし、鍋の中身をかき混ぜるヘラを持つ手も止まってしまった。気がついて、手が動き出すまで、一分はあったと思う。

 他の世界からやってきたディグダでさえ、こんなに辛そうな表情を見せるほど、彼は仲間たちに慕われていたんだ。そう思うと、本当に僕がその跡を継いでも良いものなのか、不安になってしまう。

『今でこそ、ハンペータをハンペータとして迎えることが出来るほど落ち着いているし、こうして話すことも出来る。が、ここまで来るのに五十年かかった。比較的距離を置いて接していた私ですらこの状況だ。仲間たちの中には、まだ気持ちの整理がついていない者もいるだろう。ルーシーなど、親のように慕っていたし、子供の精神しか持ち合わせないから、もしかしたら、ハーンとハンペータの区別もついていないかも知れん』

 僕にとって、五十年という年月はとても長い年月だ。けれど、彼らは押しなべて長寿の種族で、歳を取ったり代が変わったりしたのは、単独種の二匹のみ。五十年なんて、あっという間なのだろう。長寿というのは羨ましい気もするけれど、それだけ悲しい期間が長いのだとすれば、それはあまり嬉しいことではないとも思うよ。いつまでも悲しさが消えないものならなおさら、辛い年月だ。

 それでも、大事な人だったから、忘れるわけがなかったんだとも思う。それだけ思われたハーンは、幸せ者だね。

『本当は、ルフィルが貴方を迎えに行くのは、私は反対だったのだよ。たったの五十年。彼には早すぎるだろう』

「うん。ハーンさんにすごく大事にされていたみたいだものね」

 さっきも、メリィアンが話してた。『でなきゃ、ハーンがルフィルに特攻なんてさせるものですか』って、つまり、ハーンがルフィルを危険に晒すことを嫌がっていたってことだもの。

 そんな僕の反応に、ディグダは何故か、くっと喉で笑った。

『それはそうだろう。彼らは恋人同士だったからな』

 ……ん?

「こいびと、どうし?」

 ルフィルって、黒豹だよね?

 ハーンって、人間だよね?

 しかも、男同士だよね?

 それ、成り立つものなの?

『あぁ、そうとも。実に仲の良い恋人たちで、皆も心から祝福していたものだ。ルフィルとは仲の悪いドンファンですら、その仲を引き裂こうとは夢にも思わなかったに違いない』

 ディグダの話からは、異種族同性間の恋愛感情に対する嫌悪感は微塵も感じられなかった。心底気の毒がっている表情で、僕は手伝っていた手を止めた。

 丁度肉と野菜の炒め物を作っていて、僕は彼の横から野菜を鍋に放り込むのを手伝っていたから、次の野菜を入れられるように手を止めたディグダが、僕が動かないことに不思議そうに顔を覗き込んでくる。

『どうしたのだ?』

「……うん。なんだか、よくわからなくなっちゃって。この世界では、異種族間の恋愛とか、男同士のとかって、良くあることなの?」

 僕は、まだ十四年しか生きていない子供で、そういう大人の世界の話に疎いのは自覚がある。けど、保健体育で習う恋愛や子作りの話は、やっぱり男女の間でこそ成り立つ話で、同性同士で恋愛をしているというだけで変態扱いされる世の中だと知ってる。

 それはもちろん、自分が実際に触れている世界ではないから、教えられた範囲の情報しかないけれど。同性同士で子供を作ることが出来ないのは疑いようの無い事実だし、だからこそ、同性を恋愛対象とすることで子作りの可能性を潰してしまうのは事実なんだ。

 生物は、生まれてきたからには子孫を残すのが最大の命題だと思う。それこそ、本能として。

 僕の質問に対し、ディグダはやっぱり、うーん、と悩んでしまった。

『私がいた世界、ドラスゴニアでは、女の誕生率が極端に少なかったからな。それに、気が遠くなるほどの時間を生きる長寿な種族だから、子孫を慌てて作ることも無い。だから、男同士でツガイになるカップルも珍しくはなかったのだ』

 だから余計に、二人の仲をあっさりと認められたのだろう、と自分を振り返って笑った。強面でガタイの良い彼だが、笑うと愛嬌があって優しく見える。そんな彼だから、人に対する気遣いも人一倍できるのだろうと思うけれど。

『この世界では、人間や単独種は多くが男女でツガイになるようだが、混合種には同性や異種族で結ばれることも珍しくは無い。我らドラゴンと同じく長寿だし、混合種同士ならば意思の疎通も出来るのだ。その性格に惚れることもあるだろう』

「性格に?」

『あぁ。ハンペータはまだ若いから、恋愛などしたことがないのだろう? 恋愛というものは、外見や種族でするものではないぞ。その相手の側にいて、共に行動して、話をして、心地良いと思う相手だからこそ、好きになるのだ』

 なんだか熱の入った説明に、僕はただディグダを見つめてしまうだけだった。だって、やっぱり良くわからないんだ。自分自身晩熟な性質みたいだし、身体の都合もあるから恋愛が恐かったりするし。

「ディグダは、元々いた世界に恋人がいたりしなかったの?」

『恋人か。周囲に定められた婚約者ならばいたが、彼女には好きな相手が他にいたからな。丁度良かったのかも知れん。今頃、好きな相手と結ばれて幸せにやっているだろう』

「それで、良かったの?」

『私は彼女を愛していたわけではないのだ。他に相手もいなかったため、決められた結婚に従っていたまでのこと。彼女と結婚していたら、彼女を不幸にしていただろう。これで良かったのだ』

 自分に言い聞かせているのか、本気でそう思っているのか。彼はそう断言して、再び鍋を揺すり始めた。

 僕もまた、促されて野菜をそこに投入する。一つとして知っている野菜は無いけれど、漂う香りは食欲をそそる。

『ハンペータも、もう少し大人になればわかるさ』

「そうかな?」

『そうとも。恋愛とは、頭でするものではない。心が勝手に反応するものなのだ。今悩んでいても埒が明かないぞ』

 なるほど、そう言われればそうなのかもと思う。先人の言うことは、聞いておくのが正しいのだろう。

 手元に材料が無くなって、後は炒めるだけ、という頃、ディグダに皆を呼んでくるように言われて、僕は台所を出て行った。振り返ってみた後姿は、実に楽しそうだった。料理が好きなんだろうね。





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